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「言ったろう? 俺はクリスチャンじゃない。まあ、許斐が敬虔な気持ちになりたいというなら、明日は教会に連れて行ってやろう」
「えっ? クリスマスのミサに参加できるんですか!?」
もちろんだと頷いた後で、デイヴィッドは笑った。
「が、クリスマスといえどミサはミサだ。退屈で寝るなよ?」
ちなみにすぐそこだと、そう言って道を挟んだ反対側には、確かに美しい白亜の教会があった。
「え、ここ…!?」
「セント・パトリック大聖堂だ。誰でも入れる」
「なんか…緊張してきたかもしれない…です…」
教会などに縁のない許斐がそう言えば、デイヴィッドも自分にも縁がないと笑った。
「まあ、たまには浄化されるのも悪くない」
「浄化って…」
「お世辞にも、綺麗な生き方をしてきたとは言えないからな」
「そうなんですか?」
「日本と違って、こちらは能力至上主義だ。他人に情けなどかけていると、あっという間に蹴落とされる」
「そっか…、そうですよね…」
だからこそ、デイヴィッドの纏う自信は伊達ではないのだろうと許斐は思う。本来なら、許斐とデイヴィッドは出会う事さえなかったかもしれないような相手なのだ。
奇跡といえば奇跡のような出会いを果たせたことを、この機会に神様に感謝するのも良いかもしれないと、許斐は思った。
◇ ◆ ◇
十二月二十五日。許斐は午前中、予定通りセント・パトリック大聖堂で行われたクリスマスミサをデイヴィッドとともに見学した。いくら万人に向けて公開されているといっても歴史ある大聖堂のミサは厳かで、心なしか清々しい気分である。
それから昼食をセントラルパーク内のレストランで済ませ、ホテルへと許斐が戻ったのは午後三時になろうという時間のことだ。
ふかふかのソファに腰をおろし、窓の外を眺める。
アメリカに着いてたった二日とは思えないほど、ニューヨークの街を堪能した気分だった。そして、いつか自分もこの街で、デイヴィッドと肩を並べて働けるような男になれるだろうかと、ふと思う。
「留学…してみようかな…」
「うん?」
「あっ、いえ…っ、なんでもないんです…!」
思わず声に出していた自分に慌て、許斐はぶんぶんと首を振った。つい昨日、詐欺師に絡まれていた自分が留学など、言えばデイヴィッドに笑われるだけだ。
だがしかし、ふっと視線を低くして許斐の肩を抱いたデイヴィッドは、見せつけるように口角をあげてみせたのである。
「俺の元に来るか? 許斐」
「な…っ」
「部屋ならいくらでも余っている。ホームステイ先としての立地も生活環境も申し分ないぞ?」
どうだ? と、耳元に囁かれ、許斐は思わず誘惑に流されそうになる。
「た、大変ありがたい申し出なんですけど…、それじゃあ俺の経験にならないというか…」
ぐぬぬと今にも唸り声をあげそうになりながらも許斐が言えば、デイヴィッドはあっさりと抱いていた肩を離した。
「まあ、そうだな。俺と暮らしたら、お前を閉じ込めてしまうかもしれない」
「は…い?」
聞き間違えでなければ随分と怖ろしい事を言われたような気のする許斐だ。
「だが、こちらに留学したいというのなら、友人に頼んでいい大学を紹介してやる」
「いや…、まだそこまで決めては…」
「許斐が留学するというのに、俺から離れた場所になど行かせないからな?」
「ええ…っ」
情けない悲鳴が、静かな部屋に響く。もはや隠し通すことも出来ずに許斐は項垂れた。
ちょっと思ってみただけのことが、デイヴィッドにかかると途端に現実味を帯びてしまうのが怖ろしい。それにきっと、デイヴィッドがその気になれば簡単に実現してしまえるだろうとも。
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