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慌てる許斐のすぐ横で、デイヴィッドがくつくつと喉を鳴らした。
「おいフレッド、いつからこの船はゲストを降ろしそびれるなんて真似をするようになったんだ?」
「どうやらハロウィーンにお菓子をもらえなかったお化けが悪戯をしてしまったようで、僕も困っているんだけどね。けど安心して、こういうことは稀にあるから、当客船としてはシンガポールまでのボーディング・フィーと、シンガポールから日本までの航空チケットを手配させて頂くよ」
やれやれと、わざとらしく首を振って見せるフレデリックを鼻で笑い、デイヴィッドは許斐の肩を叩いた。
「だ、そうだが?」
「え? はい!? その…それって…?」
「ついでにもうひとつ。当客船のアフターフォローとして、キミが横浜で下船しそびれたという事はこちらの不手際としてキミの大学にも連絡してある。単位その他諸々に関しては心配要らないとの承諾を得ているから、キミはキミ自身の真面目さに感謝してシンガポールまでデイヴとの船旅を楽しむといい」
そう言って、優雅な笑みを残してフレデリックは去っていった。立ち去り際にひらひらと制帽を振って見せながら。
「嵐のような人だ…」
「何がアフターフォローだか。フレッドのことだ、コノミの大学に連絡したうえでこんな真似をしでかしたに決まっている」
「そうなんですか!?」
「そうでなければ、客を降ろしそびれてあんなに余裕な顔をしているはずがないだろう?」
「そう…ですよね…」
そもそも、この船に限って乗客を降ろしそびれるなどというミスが起こりえるはずもない。それは、この船のファンである許斐が一番よく知っている。
つまりこれが、フレデリックの言っていた渡しそびれた”お菓子”なのだろう。
「確かに、とても甘いお菓子だ…」
「感心しているところ悪いが、シンガポールまでの客室は俺の部屋だがそれは良いのか?」
「……ご迷惑でなければ…」
そう許斐が答えれば、頬をむにりと摘ままれる。思いのほか強いその力に、許斐は眉根を寄せた。
「痛いでふ…」
「可愛げのない言い方をするお前が悪い」
「えぇ…?」
答えるまで部屋には入れないと、そっぽを向いてしまうデイヴィッドに許斐は僅かな間考え込んだ。
「一緒に…居たいです」
恥ずかしさに顔をあげられないまま許斐が告げれば、大きな手がくしゃくしゃと頭を撫でる。
「良く出来ました。褒美に部屋に入れてやろう」
「もう、やっぱり子供扱いしてるじゃないですか」
「お菓子に喜んでるんだから子供だろう?」
揶揄うように言って来るデイヴィッドに、許斐はふいと顔を背けてみせた。
「デイヴさんは、喜んでくれないんですか?」
「もちろん嬉しいさ。これで、ゆっくりとこれからの事をコノミと相談できる」
一夜限りじゃなくて、先のことを考えてくれているとそう言ってくれるデイヴィッドの言葉が、許斐には何よりも嬉しかった。
END
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