46人が本棚に入れています
本棚に追加
Christmas Night.
ハロウィーンの夜から約二ヶ月が経とうかというその日、倉科許斐はデイヴィッドの招きで成田空港付近にあるホテルへとやってきていた。
十二月二十三日。クリスマスの時期に誰かと待ち合わせをするなど、何年ぶりだろうか。
ワンナイトクルーズの予定が”クルーズ会社の手違いで”シンガポールまでの延長を余儀なくされた許斐である。マリーナベイ・クルーズセンターで『Queen of the Seas』を降りた許斐は、デイヴィッドに付き添われてチャンギ空港から無事日本へと帰国する事が出来た。
それからというもの、デイヴィッドは毎日、必ず一度は許斐へとメッセージを寄越す。内容は日常の些細な出来事ばかりではあったが、それでも許斐がデイヴィッドからのメッセージを楽しみにするようになるまで時間は掛からなかった。
磨き抜かれたガラス窓に映る自身の姿がふと目に入り、許斐はその身を見下ろした。シンガポールへと向かう船の中で、プレゼントと称してデイヴィッドが買ってくれたスーツは、何度袖を通しても似合っている気がしない。
デイヴィッドに会えるという逸る気持ちと、些か居心地の悪い気持ちを抱えたまま、指定されたラウンジへと許斐は足を踏み入れた。
スタッフの案内に従って窓際の席へと腰を下ろす。
「オレンジジュースをください」
メニューに手を伸ばすこともなくそう告げて、スタッフを見送った許斐はポケットからスマートフォンを取り出した。
デイヴィッドからの連絡は、まだ来ていないようだった。
――もう、成田には到着してるはずだけれど…。
液晶画面に表示された時間を見れば、デイヴィッドから知らされていた飛行機の到着時刻は二時間も前だ。少し片付けなければいけない事があると言っていたデイヴィッドの用事が、押してでもいるのだろうか。
グラスを運んできたスタッフに小さく礼を告げて、許斐はストローを咥えた。ちるちると微かな音を立てて口内に広がる程よい酸味を飲み下す。あっという間に半分ほどになったオレンジ色の液体に、グラスの中で動いた氷が涼しげな音を奏でた。
時折りラウンジの入口を気にしながらも窓の外を眺めていれば、あっという間に時間は過ぎた。既に空になったグラスの溶けかけた氷を暇潰しにストローで掻きまわす。だが、それにもすぐに飽きた許斐はテーブルの上のスマートフォンを取りあげた。
再び時刻を確認しようとした許斐の視界が、一瞬にして真っ暗な闇に沈む。
「えっ!?」
「待たせてすまなかったな、俺の可愛い許斐?」
「っ……デイヴ…!」
耳元にかかる吐息に、許斐の顔が一瞬にして熱を帯びる。忘れようはずもないデイヴィッドの声。
いったいどれだけ近くに顔を寄せられているのだろうかと、想像するだけで恥ずかしくて視界を遮った手を退けることが出来なかった。
「あ、あの…っ、近いです…」
「嫌か?」
もちろん嫌なはずなどないのだが、ラウンジには相応の客が入っていたのを思えば素直に本心を口にする事が出来ない許斐である。男が男に抱き締められている姿など、どれほど視線を集めるのだろうかと、想像するだけで恥ずかしい。
「い、嫌じゃ…ないけど…、目立つから……その…」
「うん?」
消え入りそうな声を聞き取るためか、デイヴィッドの声が余計に近くなったような気がして、増々許斐は俯いた。
「こっ、こういうのは…出来ればふたりきりの時に……して…」
「良い子だな」
ちゅっと、わざとらしく音を立てて耳元に口づけられる。けれども、自ら離れて欲しいと言ったにもかかわらず、背中から離れていく熱に僅かな寂しさを感じてしまって許斐は詰めていた息を小さな溜息とともに吐き出した。
すぐさま向かいへと腰を下ろしたデイヴィッドに見つめられる。不思議な色の瞳に、飲み込まれそうだった。
最初のコメントを投稿しよう!