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「その…、お久し振りです…」
「ああ。会いたかったよ、許斐。そのスーツも、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます。それに…、忙しいのに……会いに来てくれて…」
「何を言ってるんだ? 誘ったのは俺だ」
「それは…そうですけど…」
横浜からシンガポールまでの数日間でほんの少しだけ縮まったような気がしていたデイヴィッドとの距離が、この二ヶ月であっという間に開いてしまったように感じる。
許斐は空になったオレンジジュースのグラスを見つめた。
今度デイヴィッドに会えたなら、素直に気持ちを伝えようと、そう思っていたのに。
何を話せばいいのかわからずに俯いたままでいれば、穏やかな声が耳に届いて許斐は顔をあげた。
「大学は、休みに入ったんだろう?」
「あっ、はい」
「ならいい。では、出掛けようか」
腰を落ち着けたばかりだというのに立ち上がり、既に会計は済ませたというデイヴィッドに腕を引かれて許斐は慌てた。
「あ、あのっ、いったいどこへ…っ」
「パスポートを持ってこいと言ったろう?」
「それってやっぱり…」
待ち合わせの場所といい、用意しておけと言われたパスポートといい、海外へ連れ出される予感はしていた。だが、海外旅行をするには許斐の懐事情は些かならず心もとない。
そんな許斐の心持などお見通しだとばかりに、デイヴィッドは胸元から取り出したチケットを穏やかに笑いながら振って見せた。
「どうせ許斐のことだ、あれこれ心配しているんだろうが気にするな。これは、俺の我儘だからな」
「でも…」
「なあ許斐。俺は、クリスマスをどうしても恋人と過ごしたい。が、残念だが明日も仕事がある。そこで我儘な俺はお前を攫いに来たという訳だ。お前は俺の我儘を受け入れてくれる優しい恋人だ。違うか?」
少しでも許斐の心の負担を軽くしてくれようとするデイヴィッドの気持ちが、何よりも嬉しかった。けれど。
「優しくなんてない…です。……だって…俺も…デイヴと一緒に…居たいと思ってるから…」
自分は狡いのだと、そう言った許斐は一瞬にして逞しい腕の中に捕らわれた。
「っデイヴ!?」
「あまり俺を喜ばせるなよ許斐? お前が目立つのは嫌だと言っても、場所もわきまえず抱き締めたくなる」
「もう…してるじゃないですか…」
「お前が悪い」
「うん…。ごめんなさい…」
謝罪の言葉を口にしながらも、許斐はデイヴィッドの大きな背中へと腕を回した。
「でも、嬉しいって思っちゃう俺は…やっぱり狡いです…よね…」
「そんなに可愛い事ばかり言っていると、際限なくつけ込むぞ」
「……一緒に居られる間だけは…甘えても良いですか…?」
「なら、許斐には俺の我儘をたっぷり聞いてもらうとしようか」
今度は唇へと落とされた口づけに、許斐は冬だというのに全身が熱くなるのを感じた。
◇ ◆ ◇
成田空港を飛び立った飛行機は、約十二時間のフライトを経てニューアーク・リバティー国際空港へと無事着陸を果たした。着陸前、窓の外に見えるニューヨークの街並みに許斐が僅かな興奮を覚えたことは言うまでもない。
デイヴィッドの車は落ち着いたセダンではあったが、左ハンドルというだけで何故か緊張を覚える許斐である。運転するわけでもないのに右側のシートに座る感覚が慣れない。
静かに走り出した車は空港を出てニューアーク・インターナショナル・エアポート・ストリートへ、インターステート78エクスプレス、ニュー・ジャージー・ターンパイクを北上し、リンカーントンネルへと入る。
デイヴィッドは、幾つもの分岐に迷う様子もなくハンドルを切った。
「なんだか変な気分です…」
「どうして?」
「だって、あなたとこうしてドライブしてるなんて…。しかもこんな場所で…」
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