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車窓を流れる景色は、日本とはまるで違うそれだ。コンソールに設置されたカーナビを見ても、どうやら海中トンネルを抜けているくらいのことしか許斐には分からない。
トンネルを抜け、時折り渋滞に捕まりながらも市街地を進んでいく。見慣れない二階建てのバス、見慣れない街並みに、許斐は無意識に小さな息を吐いた。
「やっぱり、日本とは全然違いますね」
「日本のイルミネーションも綺麗だろう?」
「そうですけど、こっちの方が温かみがあるっていうか…本番だなって、感じがします」
「まあ、日本人よりはクリスチャンが多いのは確かかもしれないな」
「デイヴは?」
「俺は別にキリスト教徒じゃない。その点では、日本人と何ら変わらない理由で許斐を攫ってきたことになるな」
どこか悪戯な色の笑みを浮かべたデイヴィッドの大きな手が、許斐の左手を包み込む。
「っ…デイヴ」
「手くらい繋がせてくれても良いだろう? どうせ外からは見えない」
「そうですけど…、危ないですよ…」
「そう思うなら、少し協力しろ」
そう言ったデイヴィッドに些か強引に手を引かれ、許斐はコンソールの上に倒れ込んだ。
「…ッ」
「おっと、すまない。加減を間違えたようだ」
すまないなどと言いながらも、肩をしっかりと抱え込んだデイヴィッドを見上げて許斐は僅かに唇を尖らせた。
「もう…、絶対悪いと思ってないでしょう」
「バレたか」
困ったように眉根を寄せながらも、許斐はコンソールに両腕をついてデイヴィッドへと寄り添うようにもたれ掛かった。邪魔なシートベルトは、大きな手であっという間に後ろへと回されて苦笑が漏れる。
「捕まっても知りませんよ?」
「ニューヨークの警官は、日本の警察ほど働き者じゃない」
「日本でも運転することがあるんですか?」
「仕事でたまに行くからな」
「なるほど。だからそんなに日本語も上手なんですね」
発音に多少の違和感は残るものの、会話にまったく支障がない程度にはデイヴィッドの日本語は完璧と言っていい。許斐も英語は話せるが、ビジネスでも通用するかと言われれば自信はなかった。
やがて、それまでビルに遮られていた狭い空が開けたところで、デイヴィッドはハンドルを右に切った。広々とした広場のような交差点を抜けたところで、許斐はようやく現在地を知ることが出来たのである。
セントラルパーク。ニューヨークという大都市の中にぽっかりと口を開ける広大な公園は、誰もが知るアメリカの観光スポットであり、市民の憩いの場でもある。
「ここって…セントラルパークですよね?」
「少し休んだら散歩に行こう。それとも、動物園が良いか?」
デイヴィッドの言葉を聞けば、滞在先がほど近い事が知れる。案の定、デイヴィッドは五百メートルほどを進んだ先の、日本にもいくつかの拠点を持つホテルのエントランスへと車と着けた。すぐさま駆け付けるスタッフへとキーを渡す姿が、さながら映画俳優のように許斐の目には映る。
レセプションでもデイヴィッドの仕草は至極自然なそれで、許斐はただ黙って大きな背中についていくことしか出来なかった。
デイヴィッドに連れられて足を踏み入れたホテルの部屋は広く、大きな窓からはセントラルパークが一望できる。ホテルなどに縁がない許斐でさえも、名前くらいは知っている五つ星ホテルの眺望は最高だった。
座り心地の良いソファへと誘われ、腰を下ろす。
「なんだか夢みたいです」
「もっとはしゃいでくれても良いんだが?」
「子供っぽいって笑いませんか?」
「笑わない。お前が喜んでる姿を、笑うはずがない」
ことのほか真面目に告げるデイヴィッドに、許斐はくすりと小さく笑った。
「ありがとうございますデイヴ。今までで一番、素敵なクリスマスプレゼントです」
「なら、礼をひとつ、要求しても良いか?」
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