Christmas Night.

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 歩幅の広い靴音とともに聞こえた至極落ち着いた声に、許斐は一瞬夢でも見ているような気分になった。 「……デイヴ…!」 「まったく、真面目なわりにそそっかしいな?」  ハローウィーンの夜と同じ台詞を向けられて、許斐は俯くしかなかった。あの時は、二度もデイヴィッドにぶつかった許斐である。だがしかし、今回はぶつかる相手が悪かった。  相変わらず許斐のスマートフォンを奪ったままの男は、どうやらターゲットをデイヴィッドへと変えたようだった。 『ふざけんなよ。俺はこいつに荷物を壊されたんだ』 『自らぶつかっておきながらとんだ言い草だな。お前の荷物は俺たちには関係ない。それよりも、窃盗で捕まるのはお前の方だろう』 『なんだと!?』 『観光客相手のネズミが大口をたたくな』  ぴしゃりと言い放ったデイヴィッドが長い脚を踏み出せば、男が気圧されたように僅かに下がる。構うことなく距離を詰めたデイヴィッドが男の耳元に何かを囁くのが見えたが、許斐の耳に声は届かなかった。  やがて、大柄な男が許斐のスマートフォンをデイヴィッドへと差すのが見えて、許斐はほっと息を吐いた。 「大丈夫か?」  男に向けていたのとは違う穏やかな声。目の奥に刺すような痛みを感じて許斐はデイヴィッドへと飛びついた。 「っ…ごめんなさい…!」 「怖かったな」  頭上から降ってくる優しい声に、何よりも安心する。 「あんなに…心配してくれてたのに…っ、俺…」 「ここではよくある事だ、気にするな。それよりもお前が無事でよかった」  デイヴィッドに肩を抱かれたまま、許斐は人通り多い道へと戻った。ほんの僅かな距離なのに、賑やかな表通りに安堵する。 「念のために聞くが、他に盗られたものはないな?」 「ない…です」 「それならいい」  そっけなく応えるデイヴィッドに、今度こそ呆れられたかと思えば胸が苦しくなる。逞しい腕に抱かれた肩を、許斐はますますしょげさせることしか出来なかった。  沈み切った気持ちに、賑やかな街の音が空しく響く。  ちらりと見上げたデイヴィッドの表情からは、なんの感情も読み取れはしなかった。 「あの…」 「どうした」 「本当に…ごめんなさい…。怒ってますよね…」 「怒られると思ってるのか?」 「っ……はい…」 「なら、部屋に戻ったらお仕置きをしてやろう」 「おし…おき…?」  耳慣れない言葉にまじまじと見上げたデイヴィッドの顔は、悪戯な笑みに彩られていた。 「そうだなぁ、俺以外の男にぶつかるような悪い子には、どんなお仕置きが良いと思う?」 「そんな事…俺に言われても…」 「許斐はどんなお仕置きをされたいんだ? ん?」  どんなと言われても、許斐に答えようなどなかった。そもそも自らお仕置きしてくれなどとは言える筈もない。いやむしろ、せっかくのクリスマスイブにお仕置きなど、されて嬉しいはずがない。 「……今日じゃなきゃ…駄目ですか…?」  許斐の口からぽつりと零れ落ちた言葉に、デイヴィッドが足を止める。その一瞬ののち、高らかな笑い声がフィフス・アヴェニューに響いた。道行く人々がみな、何事かと振り返る。 「っ、デイヴ…?!」 「はっ、ははっ、本当にお前は可愛いな」  デイヴィッドにされるがままくしゃくしゃと髪を掻きまわされて、許斐も思わず吹き出した。 「……ありがとうございます、デイヴ」 「別に怒ったりはしないが、約束通り許斐には俺の我儘に付き合ってもらおうか」  肩を抱いていた手が、するりと落ちたかと思えば腕をぐいと掴まれる。 「え…っ」 「おいで許斐」 「…ええっ!?」  多くの人々が行き交う街並みを、デイヴィッドは許斐の手を引いたまま走り出した。突如スーツ姿で走り出したふたり組に、当然の如く集まる視線に慌てる暇もない。 「ちょっ、デイヴ…!」
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