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慌てて名前を呼んでみても、デイヴィッドに足を止める気配はなかった。それどころかぐいぐいと引っ張られて、思わず足がもつれそうになる。
クリスマスイブのまだ日の高い時間。デイヴィッドがようやく足を止めたのは、かの有名なロックフェラー・センターだ。
走らされて上がった息を整えるのも忘れてしまいそうなほどの、美しいツリーがそこにはあった。大きなもみの木を、イルミネーションではなく日の光にキラキラと輝くオーナメントが彩っている。
「凄い…!」
「市民の間では、幸せを運ぶツリーと呼ばれている」
「なんか…分かる気がします…。生命力を分けてくれてるような…そんな感じがする…」
思わずデイヴィッドの手をきゅっと握り締め、許斐は大きく息を吐いた。
昼を回った時間帯。空腹を覚え始めた許斐がデイヴィッドに連れていかれたのは、センター内のグリルだった。運ばれてきた肉の量に絶句した許斐ではあったが、柔らかくジューシーな牛肉をぺろりと平らげた。
「おいで許斐、特別なものを見せてやろう」
にやりと、悪戯な笑みを浮かべるデイヴィッドの顔は楽しげで、許斐は手を引かれるままグリルを後にした。建ち並ぶビルを抜け、デイヴィッドに連れられて許斐もいくつものドアを抜けていく。
やがて辿り着いたのは、都会のビルに囲まれたルーフトップ・ガーデンだった。だが、手入れの行届いた屋上庭園に、許斐とデイヴィッド以外の人の姿はない。
「ここは…?」
「一般公開されていないルーフトップ・ガーデンだ」
「こんなに綺麗なのに…?」
「逆だな」
くすりと笑うデイヴィッドの言葉に、だが許斐は頷くほかなかった。常時人が出入りしていないからこそ、これほど美しい姿を保っていられるのだと。
それからプロムナードを散策し、再び戻った時には、大きなツリーは煌びやかなイルミネーションで人々の目を楽しませていた。
「うわぁ…!」
「これを、お前に見せたかった」
「テレビで見たことがありますよ! 毎年、点灯式の様子が日本のニュースでも話題になるんです。まさか生で見られるなんて…!」
興奮を隠しきれずにいる許斐を、デイヴィッドが背中から抱き締める。ふわりと温かな熱に包まれて、許斐はこれ以上ないほど幸せなひと時を過ごした。
それから再びフィフス・アヴェニューを南下し、ブライアントパークへ。スケートリンクを待つ行列を横目にクリスマスマーケットを眺め、ロックフェラー・センターに劣らぬクリスマスツリーを堪能することができた。
「やっぱり、今日はどこも賑やかですね」
「そうだな」
日が落ちてもまだ早い時間。イルミネーションに彩られた街を、許斐はデイヴィッドと手を繋いでゆっくりと歩いた。デパートのショーウィンドウを見て回り、買い物がてらクリスマス限定のプロジェクションマッピングを楽しむ。ニューヨークの街全体が、さながらテーマパークのような賑やかさを醸し出していた。
「素敵ですね」
「楽しんでくれたなら何よりだ」
「こうしてあなたとクリスマスが過ごせるなんて、思ってもいませんでした」
「我儘な男だと、呆れないか?」
冗談めかして顔を覗き込んでくるデイヴィッドの頬へと、許斐は短い口づけを贈った。感謝の気持ちが少しでも伝わればいいと、そう思いながら。
「素敵なクリスマスイブを、ありがとうございます。それに、プレゼントまで…」
「礼を言うのはまだ早い。本番は明日だからな」
「そういえば、そうでしたね」
どうして前夜祭の方が盛り上がるのだろうかと、はにかむように笑いながら許斐が言えば、デイヴィッドはあっさりと答えをくれた。
「本来クリスマスは家族と過ごすものだからな。恋人と過ごすのはイブの方が多い」
「そっか…って、あれ? じゃあデイヴも明日はご家族と過ごすんじゃないんですか?」
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