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「デイヴィッドさんはどうして…そんなに俺に構ってくれるんですか?」
「お前を口説くつもりだと、そう言わなかったか?」
「だって俺たち、会ったばかりですよ」
許斐にとって、相手が同性である事はもちろん問題ではない。けれど、デイヴィッドのようなかっこいい男に好かれる要素はどこにもなかった。
「では聞くが、コノミは俺を最初に見てどう思った」
「え。カッコイイなって…。背も高いし、彫りの深い顔立ちも俺とは全然違って男らしくて…、素敵だなって思いましたけど」
「なら今は?」
「今は…、今も、そう思ってます。……ただ、俺の方に好かれる要素がないっていうか、どう考えてもデイヴィッドさんと俺じゃ、釣り合わないっていうか…」
デイヴィッドはこの船の常連だとフレデリックが言っていた。友人だとも。
「俺、フレデリックさんに憧れてて、どうしてもこの船に乗りたくて、それで今日やっと夢が叶ったんです。けど、あなたは俺とは違うでしょう?」
こんなに広い部屋を見ても、驚きもしないデイヴィッドと、生活を切り詰めてようやく一泊出来る程度の自分が釣り合うはずがないのだ。
「釣り合う釣り合わないはともかく、コノミは自分が格好良いと思う男に好かれて嬉しくはないのか?」
「嬉しい…です。けど、どうしても引け目っていうか、そういうのを感じてしまうというか…」
「自分に自信がないのか」
「…そうですね」
小さく答えれば、溜息とともにデイヴィッドは背凭れに沈み込んだ。
「参ったな」
「ごめんなさい」
「謝るな。コノミが悪い訳じゃない」
ふぅと、再びデイヴィッドが溜息を吐いた時だった。部屋のドアベルが来客を告げる。
立ち上がろうとする許斐を、デイヴィッドは片手で制した。
「座っていろ。俺が出る」
「はい…」
心なしか怒っているように見えるデイヴィッドの背中を見つめ、許斐は小さく息を吐いた。
――もう少し、上手く振舞えば良かった。
わざわざ真面目に答える必要なんてなかったのではないか。そんな思いが溜息とともに溢れ出る。
デイヴィッドは、すぐに戻ってきた。その手に乗った銀色のトレーには、インスタでしか見たことのない三段のケーキスタンドが乗っている。
「おいで、コノミ。お茶にしよう」
「あの、俺…」
「甘いものは苦手か?」
「いえ」
「なら、何をそんなに心配そうな顔をしてる?」
フレデリックといい、デイヴィッドといい、どうしてこうも気遣ってくれるのか。もしかしてこの船の魔法か何かで今夜だけは素敵な男性にモテるような顔になっているのかもしれないなんて、有り得ない想像までしてしまう。
大きな窓の前で手招かれ、ようやく許斐は腰をあげた。
バルコニーから見える美しい夜景に思わず感嘆の声が漏れる。
「さあ、ここに座って。もう間もなく船が動くぞ」
腕時計へと視線を落としながらデイヴィッドが告げた瞬間、大きな汽笛が夜空に響いた。
「うわ…」
思わず耳を塞ぐ許斐の前に、精緻な模様の描かれた華奢なカップが差し出される。
「あ、ありがとうございます」
「コノミは礼儀正しいな。俺としては、もう少しくだけてくれると嬉しいんだが」
「無理…ですよ。だってデイヴィッドさん…年上でしょう?」
「そうだな。ではまず、その呼び方から直そうか。デイヴでいい」
「デイヴ…さん?」
おずおずと許斐が口にすれば、ミスターも不要だとそう言ってデイヴィッドは笑った。
ゆっくりと遠ざかっていく横浜の夜景を眺めながら飲むお茶は、これまでに許斐が飲んだどんな紅茶よりも美味しかった。
◇ ◇ ◇
午後九時に始まるパレードを一目見ようと、船の通路はどこも賑わいを見せていた。気を抜いたらすぐに人波に流されてしまいそうだ。
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