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「ははっ、それでいいコノミ。ほら、そろそろパレードが近付いているぞ」
言われて通路の方へと意識を向ければ、先ほどよりも随分と賑やかな気配が伝わってくる。そこかしこから聞こえてくる歓声と、カメラのシャッター音を聞いているだけで否が応にも許斐の期待は高まった。
「なんだかドキドキしますね」
「コノミは、フレッド以外のクルーのことも知っているのか?」
「ネットで調べました。キャプテンのフレデリックさん、チーフオフィサーのマイケルさん。それから…」
指折り言い募ろうとしたその時、デイヴィッドの長い指がすぐ目の前に差し出されて許斐は慌ててカメラを構えた。
ゆっくりとした足取りで近づいてくる一団は、確かに仮装行列というよりもパレードという言葉の方が断然ぴったりとイメージに嵌まるそれだった。
「うわぁ…! どうしよう、本当にみんなカッコイイ…!」
楽しい時間は、それはもうあっという間に過ぎ去った。幸せな余韻に浸りつつ、撮ったばかりの画像を覗き込む。
「これなんて、すごくよく撮れてると思いませんか?」
「どれ」
許斐が差し出した画面には、しっかりとカメラ目線で手を振るフレデリックの姿が写っていた。
「これ、絶対気づいてくれてましたよね!」
「だろうな」
「あっ、これはマイケルさん。こんなカッコイイ神父いないですよー! …これは、……あれ?」
見慣れない顔の人物を写真の中に発見して、許斐は画面をデイヴィッドの方へと向けた。
「この頭に角を付けた…魔王? のコスプレですかね? この人なんですけど…」
「ああ、フレッドの……」
「え?」
「フレッドの友人だ。すまないが俺も良くは知らない」
「そうなんですか。デイヴさんといいこの人といい、フレデリックさんのお友達ってみんなカッコイイんだなぁ」
ほぅ…と溜息を吐く許斐の姿を、デイヴィッドが口許に運んだカップの縁から眺めていた。その表情を、幾分か嫉妬の色に染めながら。
「コノミ」
「はい」
「そろそろパレードの見物客もこの辺りは引いてきただろう。食事にしないか?」
「あっ、そうですね! 言われてみれば、確かに少しお腹がすきました」
立ち上がるデイヴィッドの気配に、許斐はいそいそとカメラを仕舞った。
デイヴィッドと並んで通路を歩く。途中、人波にさらわれそうになる許斐の腰を、逞しい腕が引き寄せた。
「あっ」
「大丈夫か?」
「は、はい…。ありがとうございます…」
いい大人が何をしているのかと恥ずかしくなって、声が小さくなる。ちらりと見上げたデイヴィッドはやっぱり格好良くて、すぐにも居た堪れない気持ちになりそうなのを許斐は必死に抑え込んだ。
――今日は楽しむって決めただろ!
心の中で気合いを入れ直し、許斐は今度こそデイヴィッドを見上げた。
「デイヴさん、どこに向かってるんですか?」
「ここだ」
そう言われて視線を前に戻せば、すぐ目の前で道化師の仮装をしたスタッフが丁寧に頭をさげた。
どこと言われずとも許斐にはすぐにそこがメイングリルだと分かる。
「お待ちいたしておりましたグレイ様。それに、クラシナ様でございますね。ご案内いたします」
「ああ、頼む」
デイヴィッドとともに許斐は奥の個室へと通された。
「ここって…、ええっ!?」
「なんだ?」
「いやだってっ、メイングリルの個室は一室だけで…っ、予約も全部埋まってるって…!」
「コノミは本当にこの船に詳しいんだな。そこまでくると感心するぞ」
感心というよりは若干呆れているような顔でデイヴィッドに言われつつも、許斐は慌ててカメラを取り出した。勢いよく道化師のスタッフを振り返る。
「この部屋の写真! 撮っていいですか!?」
「どうぞ、心ゆくまでお楽しみください」
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