武器を拾い上げた少女からの贈り物

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 寒さも収まってきた季節。その時期に、イツツビシの村から女性の黄色い声が聞こえてくる。  プラクタールの町のある大陸のある国にて、その国を治める皇帝により一人の聖職者が迫害を受け、挙句の果てに一人の拷問師によりむごたらしく殺されたことから、その聖職者の名のつけられたこの日は。女性から男性へと、そしてある時は男性から女性、はたまた同性から同性へと贈り物がされる日でもあるため。四足歩行の恐竜を思わせるような生き物を連れた、黒いコートの行商人が女性たちを相手に商売をしているのである。  その売り物の内容はといえばチョコレートと呼ばれるものが殆ど。…他は、木を彫って作られたボウルのようなものや、調理器具がほとんどであった。 『へっへっへ、15エグン80シルセンだ。毎度アリだぜセニョリータ。』 「ありがとう!また利用させてもらうよ!」  栗色の髪を後ろに縛った一人の女性が、黒いコートの行商人から麻の袋を受け取り。ある一方へと走っていく。…その先にあったのは一軒の家。…その女性の名は、メソニア。  あわただしくその家の戸を閉め、キッチンへと入っていくメソニア。…彼女は一通りの器具をそろえるや否や。かまどに火をつける。  熱せられていく鉄鍋。…ある一定の温度に達したその時。メソニアはそこへ先ほど買ったチョコレートを投入した。  そのチョコレートが溶けるや否やボウルへと移し。メソニアは木べらで一生懸命にかき混ぜる。…彼女が送る相手は、イツツビシの村に住むようになってからさらにその絆の深まった相手…ディナス。かつて共に大色須魔帝国を相手に戦い、ともに勝利の喜びを分かち合った彼に…かつての御恩と、自分の中に秘めた思いを伝えるために…チョコレートを作っているのである。  しばらくして出来上がったそのチョコレートに、手でハートの形を作り祈りを込めるメソニア。それを終え、メソニアがボウルを棚にしまい込んだその直後。ディナスが家へと帰ってきた。 「お帰り、ディナスさん。」 「ただいま。…ちょっといるものができたから帰ってきただけなんだ。…まだ、仕事なんかは途中なんだよ。」 「その仕事でいるものができた、というわけだね。…行ってらっしゃい。」  会話を交わしたのちに、階段を上がっていくディナス。彼がいぬまに、メソニアは胸をなでおろす。 ――まだ渡すタイミングじゃあない。…彼の仕事が終わってから。  あの様子だと服にはねたチョコなどには気づかれていないであろう。ディナスの仕事が終わって、帰ってきてから渡すつもりでいるメソニアは。再び階段を下りてきて家を出るディナスに。手を振って見送る。  ディナスが返ってくるまでの間に掃除を済ませておくメソニア。…すべての掃除が終わったのち、近くに住んでいた恰幅のよい女性からの宿六の愚痴を聞く。どうやらまたもやプラクタールのある大陸にある栄え場のカジノで思い切り遊んできたようだ。…しかも、ウサギレースなどというお遊びの重賞レースにお金をつぎ込んでいたためにほとほと困り果てている様子であった。 「まったくうちの宿六ときたら…。結婚を始めたころは旅人を襲うモンスターたちを狩りつくす程の腕っ節のよさだったというのに…。いつからあんな姿になってしまったんだろうねえ…。メソニアちゃんとこのディナス君の詰めの垢を煎じた薬草のお茶を飲ませてやりたいものだよ。」 「アハハ…。私のところのディナスさん、前は無茶ばかりしていたんです。自分の身など二の次って言った感じで、仲間の事ばかり気にかけて。…おかげで気が気じゃありませんでした。」 「それはもう前から聞いているよ。…それに、彼がこのイツツビシの村に着いた時から…何処か危なっかしい雰囲気が出ていたもんさね。それをあそこまで立ち直らせたのは、メソニアちゃん。あんたのおかげだよ。…あのままだったら、ディナス君は旅人をかばってモンスターの餌になってしまっていたかもしれないさね。」  恰幅のよい女性の口から出てきた、"モンスターの餌"。…モンスターの行動次第では確かにあの時のディナスならばそうなりかねなかった。…かつてのディナスのことを思い返し、メソニアは身震いをする。 ――実際問題、あの依頼のときにディナスさんは…あの生き物の悪い記憶をよみがえらせる術にはまり、死にそうになっていたことがあった。…その時は。私がディナスに気付けをして正気に戻させた。…あのままだったならば…ディナスさんは。犠牲になっていた。  洞窟での依頼の事を思い返すメソニア。それからしばらくして、また別の女性と会話を交わすメソニア。…そのさなか、筋肉の目立つ男性たちとともにディナスが帰ってくる。 「はっはっは!ディナスは本当に働き者だな!村の住人の一人として、頼もしい限りだ!…それに、帰ってきてからますますその働きぶりに磨きがかかってきた気がするぞお!」 「ありがとうございます。」  ディナスの肩に手を回しながら豪快に笑う男。…その傍らで、ディナスがメソニアの姿に気が付き…男と一つ二つ言葉を交わしメソニアの方へと歩いていく。…ある一定の距離まで近づいたその時。メソニアは彼に接吻をした。 「っ…!」 「今度こそ、おかえり。…待っていたよ。…それに今日は、私から渡したいものがあるんだ。」  メソニアからの突然の事に面食らうディナスに、メソニアがそう言葉を発する。…周りを見やれば、先ほど会話を交わしていた女性と筋肉質な体つきの男性がにやにやと意地の悪い顔をしてこちらを見ている。  そののちに家の中へと入っていくメソニア達。…ディナスがテーブルに着くや否や。メソニアは手作りのチョコレートをディナスへと渡した。 「はい、これ。…今日、セントストーリティルスの日だったでしょ?…チョコレート、準備していたんだ。」 「…そうだったんだね。ありがとう、メソニアさん。僕からは、何を送ればいいかな?」 「私からの愛のしるしを受け止めてくれれば、それでいいよ。」  メソニアとディナスが、楽しく会話を交わし行く。…なお、メソニアが挑戦した手作りチョコレートの味はなかなかに好評だったのだとか。
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