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 この店に配属されたのは五ヶ月前。短大を卒業後、約三年間働いたブラック企業で身も心も荒み切ってしまい、退職して半年は失業保険を使ってニート生活を送っていた。  そうはいっても貯金はいずれ底をつきる。その前に働かねばと思い、契約社員として入社したのがこのリサイクルショップだ。  忙しいし仕事量も多いが、新卒で働いて会社に比べれば百倍楽だし、何より俺は入社して一週間で、生まれて初めて一目惚れをした。 「はじめまして。アルバイトの九条院在(くじょういんあり)です。よろしくね」  きれいにカールされたまつ毛の下から覗く大きな目が印象的だった。その目は拳大ほどの小さな顔に収まっていて、形のいい唇の端がくいっと上がる。 「冬野彩瀬(ふゆのあやせ)です。よろしくお願いします……あ、あの、俺の顔に何かついてますか?」  大きな目がじっと、それも至近距離で見つめてくるものだから、目のやり場に困って彼女の顔から少し視線を逸らした。もしかしてこれは、幼いころに実は会ったことがあるというパターンだろうか。俺が覚えていないだけで、実は幼稚園で同じクラスだったとか、家が隣で結婚の約束をしていたとか。 「うん。鼻のところにまつ毛ついてるよ」  彼女は笑って自分の鼻先に指をさした。彼女の真似をして鼻先を擦ると短いまつ毛が一本取れた。ちなみにあとから彼女の地元の話を聞いたらまったく近所ではなかった。現実なんてそんなものだ。 「強く擦るから赤くなってるよ」  トナカイみたい、なんて笑う九条院さんがあまりにも可愛くて、恥ずかしさは吹き飛んだ。一目惚れだった。大袈裟かもしれないが、こんなにも可愛い人がこの世界にいるのかと思ったほどに。恋に落ちる音がどんな音かは知らないけれど、この時の俺は九条院さんに恋に落ちて、たぶん頭のどこかでそれらしい音を聞いたと思う。  九条院さんは俺の二歳年下のフリーターだった。聞きたいことは山ほあったが、いきなりあれこれ聞くのは失礼かと思い、当たり障りのない会話をしながら彼女との距離を縮めていった。  俺と彼女はシフトがかぶる機会が多く、一ヶ月もしないうちに他のスタッフや店長よりも仲良くなった。 「冬野くんって仕事覚えるの早いよね」 「そうでもないよ。九条院さんが丁寧に教えてくれるから」  本当は家に帰ってからメモ帳を何度も読み返して、頭の中でシミュレーションして覚えているなんてかっこ悪いことは言えない。男はいつだって格好つけたい生き物なのだ。 「あ、そうだ。今度、冬野くんの歓迎会やるからさ、今月で空いてる日、教えてよ」 「歓迎会?」 「そう。近くの居酒屋で飲み会するって」 「帰ってから予定確認してみる」  そりゃ、もうルンルン気分だ。ルンルン気分を通り越してルンルンルン気分だった。飲み会でなら九条院さんのプライベートの話もできるだろう。仕事中に恋愛の話をするのはまずいと思ってその話題には触れなかったが、飲み会の席でなら問題ないだろう。  
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