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飲み会の日が決まってからは毎日浮かれっぱなしで、当日は店内でも浮かれていた。その日、俺が知り得た情報としては九条院さんに恋人はいないし、好きな人もいないということ。これは大収穫だ。もし彼氏がいたら諦めざるを得なかったが、フリーなら問題ないだろう。
みんなの酔いが回ったころに九条院さんと二人で色々な話をしたいと思い、酒を飲むふりをしてずっと水を飲んでいた。
ぼと。と、何かが落ちる音がした。飲み会がはじまって一時間が過ぎたころだった。反射的に音の原因を探ろうと周囲を見るが、酔っぱらいたちが笑い声をあげて話しているだけだった。
「冬野くん、どうしたの?」
隣でジョッキを握りしめている九条院さんが、その大きな目で俺を覗き込んでくる。
「いや、なんかさっき何かが落ちたような気がして」
「あー、それなら店長のスマホがテーブルから畳に落ちてたよ」
俺の二つ隣にいる店長を見ると、たしかに畳の上にスマホがあった。それはすぐにブーブーと震え出し、隣にいた同僚の仲絵が、酔っ払って枝豆の皮から豆だけを取り出している店長に声をかけた。
「店長、奥さんからじゃないですか」
奥さんという言葉を聞いた瞬間、店長は慌てて畳にあったスマホを掴み、ボソボソと話しながら座敷を出て行った。
「店長と奥さんって仲良いの?」
「さあ、どうだろ。あ、私ちょっとトイレ行ってくるね」
一人でシャンパンやらテキーラを飲んでいた九条院さんは、顔色変えずに席を立った。酒豪だ。それもいい。主にギャップが。酔ってもいないのに緩む口角を押さえながら水を飲み続けていると、俺もトイレに行きたくなり、席を立った。
トイレを済ませて席に戻ろうとしたとき、近くで誰かが言い争っている声がした。盗み聞きはよくないが気になってしまい、物陰に隠れながら聞き耳を立てていると、聞き覚えのある声がした。
身を縮めながら恐る恐る声のする方に向かうと、居酒屋の出入り口付近に九条院さんがこちらに背を向けて立っており、彼女の前にはやけに背の高い男が立っていた。黒い髪をハーフアップにした整った顔立ちの男だった。年齢は俺と同い年か少し若いくらいに見える。ナンパだろうか。
「絶対に嫌だから! 私は何があっても戻らないって決めたの!」
普段の明るい彼女からは想像もできないような荒々しい声だった。会話の内容から察するにおそらくあの男は九条院さんの元カレだろう。きっと別れたにも関わらずしつこく彼女に付き纏っているに違いない。
会社の飲み会にまで着いてくるとは相当だな。彼女ほど可愛い女性を手放したくないという気持ちはわかるが、本人が嫌がってる以上そんなことは言っていられない。
男が九条院さんの腕を掴んだ瞬間、タイミングを見計らって俺は二人の間に割って入った。
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