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「彼女、嫌がってるじゃないですか」  九条院さんの腕を掴む男の腕を掴み、気持ちばかりの睨みをきかせてみる。それでも相手がまったく動じないので、男の腕を掴む手に力を入れる。握力はそこまで強くないが、俺の言いたいことは伝わるはずだ。 「嫌がる女性にしつこく付きまとうのは、男としてどうかと思います」  よし、言ったぞ。死ぬほど緊張したけど、言いたいことはちゃんと言った。 「……えっと、冬野くん?」  俺の睨みにまったく動じない男を睨み続けているのが気まずくなって、九条院さんに視線を向けると、彼女は驚いたような困惑したような複雑な表情を浮かべていた。  あれ? もしかして何か間違えた? 酔ってもいないのに? 「えっと……あれ? もしかして、俺の勘違い……?」  沈黙が居た堪れなくて、思ったことをそのまま口にしてしまった。 「あはははははははっ!」  いきなり九条院さんが笑い声をあげたので、顔に出ていないだけで酔っているのかもしれない。 「冬野くんってば、かっこいー!」  いや、間違いなくかっこよくない。むしろダサい。二十五歳にもなって好きな人の前でかっこつけようとして、変な勘違いをしたあげく、それを行動に移してしまった。恥ずかしすぎて穴があったら入るから、ぜひ埋めてほしい。 「在、この方は?」  後ろの男が喋ったと理解するのに数秒かかった。人間の声帯から出るとは思えないほど、透明感のある声だった。 「ああ、冬野くん。私のバイト先の社員さん。契約だけど」  振り返ると男は俺を見下ろしていた。俺も背が低いわけではないが、この男は規格外にでかい。おそらく百九十センチはあるだろう。 「はじめまして。在がお世話になってます」 「ちょっと! その言い方だと私が迷惑かけてるみたいじゃない」  仕事を教えてるのは私だっつうの、と九条院さんが付け加える。 「あ、え……お知り合い?」  イケメンと九条院さんの顔を交互に見る。 「はじめまして。九条院形(くじょういんなり)と申します」 「くじょ……う、いん」 「私のいとこ」  いとこ、という言葉が一瞬でも理解できなかったのはあとにもさきにもこのときだけだろう。九条院さんのいとこだというその男は、彼女にも負けず劣らずきれいな顔をしており、こちらに向けた目を細めて笑ったみせた。  ああ、男でもきれいな人っているんだなあ、なんて呑気なことを考えていた。  これが俺の人生を狂わせる最悪の出会いとも知らずに。  
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