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 結局、その日は形さんの買い物に付き合うことになった。商品一つ一つを棚からカゴに移動させ、それがすべて終わったあとは、普段は使っていない三号レジを使って一点ずつバーコードをスキャンしていく。  その間、形さんは俺に当たり障りのない話題を振ってくる。無視するわけにはいかないので、あくまで事務的にその質問に答えていた。 「冬野さんは最近入社されたと聞いたんですけど、前はどんな会社にいらっしゃったんですか?」 「営業……です」 「冬野さんに営業してもらえるなんて羨ましい」 「俺は口がうまいわけじゃないし、あんまり向いてなかったみたいで……」  ノルマ、ノルマ、ノルマと口うるさく怒鳴られていた日々と、額が禿げ上がった小太りの部長の顔を思い出して、胃がきゅっと萎縮した。 「僕が取引先の人間だったら、むしろ毎日でも来て欲しいって思います」  どういう気持ちで男に対して口説くようなセリフを言っているのかわからないが、わざわざ尋ねる気にもなれなかったので聞き流すことにした。  何よりレジを打ち間違えると大変なことになるので、神経を極限まで尖らせて、レジ画面と商品のバーコードを交互に見る。こっちの気も知らないで形さんは俺の顔を見て笑っている。  ぼと。と何かが落ちる音がした。慌ててカゴの周りを見るが、商品が落ちている様子はない。 「落ちましたよ、これ」  形さんの手には正方形の黒いビロードの箱があった。どうやらこちら側ではなく、形さんが立っている側に落ちたらしい。中に入っているのは二万の腕時計だ。慌てて箱の中を確認するが、破損している様子はなく安心する。会計の合計金額は、予想通り三桁だった。  形さんが黒いカードを使って一括でお会計を済ませると、店内にスーツを着た男三人が入ってきた。彼らはカウンターに置いてあるいくつもの袋を、それぞれ二つずつ持って外に出て行く。こちらが質問する隙もないままに、男たちは手際良く袋をすべて持ち出した。 「今日はありがとうございました。また来ますね」 「あ、いえ。こちらこそ、ありがとうございました」  言葉ではそう言いつつも、あまりの疲労困憊に本当は二度と来るとなと言ってやりたかった。  しかし九条院形と言う男は、その日から月に二、三度は店に来て買い物をするようになった。もちろん接客とレジ打ちはなぜか俺を指名する。  ここはホストクラブでもなければキャバクラでもないぞ、と言ってやりたかったが、その度に察しのいい店長に足の甲を踏まれるので、黙って接客するほかなかった。
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