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⑤ この華は紅く芽吹く
アウラの金髪がさらに波打ち腰まで長く伸びると、薄い灰色の瞳が血のように紅く染まる。その肌は青白く血色を失い、突き出た牙がゆっくり元に戻ると、ミハイに口付けを強請るようにして唇を重ねた。
舌を絡めると、互いの血が混じり合って呼吸が荒くなる。
「ふふ、本当に欲しがりな子だね。私のような悪徳仲立人の妻になりたいだなんてね」
「もう、子供扱いしないで下さいませ……ずっと、大人になれる日を待ち望んでおりましたもの。愛していますわ、ミハイ」
「私も愛しているよ、アウラ。新しい指輪が必要だね。家族が増えて始祖も喜ぶ事だろう」
「ミハイ、喉が乾きましたわ。真っ赤なワインが飲みたい」
「存分に味わうといい、アウラ。私の愛しい妻よ」
膝の上に愛しい妻を乗せたまま、二人は極上のワインを交互に飲むと口付ける。人間の血の味は深く上質で、アウラが今まで飲んできたどんな高価な美酒よりも、美味しかった。
✝✝✝
娼婦として生きていた女は、アウラを失った後悔から、やがて酒浸りになり、老いて客を取れなくなってしまった。
物乞いをするようになって、いよいよ彼女は転がり込むように、修道院に助けを求める。
かつて愛した神父が彼女に救いの手を差し伸べたのは、不貞の罪悪感からだろうか。
彼女は蒸留酒を断つと、シスターとして孤児の面倒を見るようになった。
シスターが深夜の祈りを終え、庭を見ると八歳のオーギュストが、ぼんやりと庭に立っていた。
彼に手を差し伸べているのは、美しいドレスを着た女で、彼女は慌てて庭に飛び出すと声を掛ける。人攫いかもしれない。
「オーギュスト、お戻りなさい! こんな夜遅くに出歩いてはなりません。また手を鞭で打たれたいのですか。ここは教会の敷地ですよ、こんな夜分に何か御用ですか。神に助けを求めるのであれば、正面口からいらっしゃると良いでしょう」
こんな綺麗なドレスを着た女が、真夜中に教会を訪れる筈もない。ゆっくりと顔を上げた女に、どこか娘の面影を感じて目を見開く。
オーギュストはちらりとシスターを見たが、女の手を握ったまま動かなかった。
「ふふ、わたくし達は神様に用はありませんわね。オーギュストは戻りませんわ。この子は、わたくし達の養子に迎えますの。もう鞭で打たれるような事もありませんわ。ねぇ、ミハイ?」
二人の背後から、長身の美しい赤髪の男が現れると女の肩を抱いた。愛しそうに男の胸板に擦り寄ると、紅い瞳を光らせて妖艶に嘲笑う。
「それでは、永遠にさようならですわね。可哀想なお母様」
「あ、アウラ……!」
男のマントが二人を覆い隠すと、女の笑い声と共に、夜の闇に跡形もなく溶けていった。
END
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