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② お義父様との出逢い
「アウラ。もう、暗闇の中を歩くのはおよし。人攫いや、闇の貴族の吸血鬼に連れ去られてしまうよ」
「暗闇なんて、ちっとも怖くないわ」
「早くお帰り。そして主に祈りなさい。あんたが娼婦の子でも、主はお救い下さるわ」
この村では日が暮れれば、全員が家の中に閉じこもる。夜になると、人の生き血を吸う吸血鬼が徘徊すると信じられていたからだ。
串刺し公の事を吸血鬼だと恐れる他国の者もいるが、彼はこの国の英雄で侵略者から国民を護った王である。
村人達が恐れる、闇の貴族は遥か昔より存在し、人の生き血を求めて夜闇から現れ、処女や童貞の血を吸う。
アウラは、爪先がボロボロに破けた靴を履きながらランタンを片手に彷徨っていた。
今夜のおこぼれは、パンの欠片とチーズだけ。これだけでは物足りない。
ふと、遠くでぼんやりとした明かりと陽気な音楽が風に乗ってやってきた。
「あれはなぁに……? お祭りでもしているのかしら。ううん、違う……! あれはサーカス!」
民族衣装を纏って村中を歩く祭りかと思ったが、そうでは無いようだ。アコーディオンの音と、陽気なラッパ、ふざけた笛の音に、軽やかな太鼓がドンドン鳴り響く。
その音楽にアウラは、誘われるようにして、星屑が散りばめられた天幕のサーカステントの中へ導かれて行く。
炎に包まれた輪に飛び込む猛獣。
白いチュチュを着た美しいバレリーナ。
スキンヘッドの小太りの男が炎を吐く。
赤い風船を持ったピエロは、おどけながら踊っていた。
「わぁ、きれい」
アウラは、まるで美しくて妖しい悪趣味な夢を見ているような気分になった。彼らは幼いアウラを一瞥するだけで、話し掛ける事も無く、それぞれの役割を演じている。
ぼんやりしながら、歩いていくと暗幕の隙間から、するりと黒衣の男が現れた。
炎のように燃える赤い髪に、長い睫毛。神秘的な美貌。そして血のように紅い瞳が印象的だった。年齢は三十代くらいに見える。
シルクハットをゆっくりと脱いだ男は、幼いアウラの心を掴んだまま離さなかった。そして、彼女は本能のままに強く確信した。
(パパが迎えに来たんだわ!)
なんて美しい人だろうとアウラは思った。まるで広場にある彫刻のように、完璧な造形で、見つめていると吸い込まれてしまいそうになる。彼はアウラに小さな薔薇の花束を差し出すと優しく囁く。
「お前がアウラかい?」
その仕草も貴族のようで、指先まで惚れ惚れしてしまうほど、繊細な動きをする。
「ええ! やっぱりパパが迎えに来たのね」
「――――どうかな。私は怖ろしい悪魔かもしれないよ」
「嘘、絶対にアウラのパパだわ!」
「ふふ。私を恐れないとは面白い子だね。私と共に来るかな、アウラ」
大きな手を差し伸べられたアウラは、迷う事なく頷き、冷たい彼の手を取った。
――それが、アウラと『彼』との出会いだった。
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