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① 夢見る少女
アウラの母は、その美貌とは裏腹にいつも目の下に隈を作り、人目を避けて、買い物や裁縫の仕事をしていた。
年老いた両親と共に暮らしていた内気で信仰心の厚い彼女は、結婚もしていないと言うのに、お腹が大きく膨らみ始めていた。
両親は相手の男を問い詰めたが、彼女自身が、敬虔な信者である事はよく知られていたし、恋人と呼べるようなふしだらな関係にある男は居ない、相手に覚えもないと泣きながら訴えたので、祖父母は娘の言葉を信じる事にした。
悪魔憑きを疑われたが、この村では中絶する事は許されなかったので、父親不在のままアウラを産んだ。
アウラをとても可愛がってくれた優しい祖父、祖母は彼女が五歳になる頃に、病気で他界する。
それからは祖父母の家で、母と二人きりの生活が始まった。
アウラの記憶の中にある母は、綺麗な人だったが、厳格で、神経質で、気まぐれで口煩く、時々自分の娘の事を、まるで化け物でも見るような目で、見下ろしていた。
「ママ、アウラのパパはどこにいるの?」
「お前の父親は、闇に隠れてやってくるの。神に見放された、憐れな悪魔なのさ」
母の機嫌が良い日に、父親の事を尋ねると、彼女はまるで魔女のようにクシャクシャと表情を歪ませて、悪態をつく。どうして、母は父を憎んでいるのだろうと、アウラはぼんやりと思っていた。
アウラが六歳になった頃、母は街角に立つ娼婦のように化粧を濃くして、入れ代わり立ち代わり我が家に男を連れ込むようになる。
子供ながらにアウラは、母がいかがわしい仕事をしているのだろうと思っていた。
そんなある日の事。
プラムで作った蒸留酒を飲み、酔っ払っていた母を心配そうに見ていたアウラに言った。
「何を見ているの。アウラ、お前は日に日に美しくなっていくわね。肌も髪も、私より綺麗になって。あの人に愛されるつもり? 憎らしい……憎らしい。あの人がようやく私に会いに来たかと思ったら、お前を引き取りたいだなんて!」
「パパがアウラに会いに来たの!」
目を輝かせたアウラに、母は無情にも手を上げると、頬を叩いた。アウラは冷たい床に転がりながら、母が抱いている、奇妙な感情の意味を考えていた。
(ママは、アウラに取られたくないくらいパパが好きなのね)
幼いアウラにはまだ、漠然とした答えしか思いつかない。けれど、自分と同じように母が父に愛されたいと願っているという事だけは分かる。
アウラは、会ったことも見たこともない父が、母よりも自分を選んだ事に例えようもない優越感と喜びを感じた。
「今日の食事は無しだよ。さっさと寝な」
「……はい。ママ」
アウラは沈んだ声で頷いた。
こんな事はしょっちゅうで、育ち盛りの彼女が空腹に耐えられる筈も無く、ぐぅぐぅと腹の虫が鳴いている。
城塞教会を中心に、赤茶けた屋根が群生するこの村で、母が眠った後にアウラは、近所の家の一軒一軒扉を叩いては物乞いをする。残ったパンをくれる優しい人もいれば、ロマ人のような真似をするな、と注意をする村人もいた。
時には、真冬に彷徨う幼いアウラを哀れに思って、暖炉の前でスープを食べさせてくれる親切な村人もいる。
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