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雪を見ると思い出す。
本当に嫌な思い出だ。
私があいつへの恋心を気づかせられたあの思い出。
結局惚れた私の負けといったところか。それともあいつのデリカシーのなさが人以上だったのか。
28歳の冬、雪道を私の先を歩くそいつを見てため息をつく。
こうして腐れ縁はちゃんと縁として機能していた。
ちょっとヒールのあるブーツをはいたからか、雪道を慎重に歩く私をさっさと置いて前を歩くあいつ。
デリカシーのなさは健在で、怪我した次の日も当たり前に私に話しかけてきた。
まあ、気にしてほしくはないと思ったけれど、いざ気にされないとなんだかこう、解せない。
でも私が優しくしてほしいときにおでこの傷がある場所をわざと見えるように前髪を分けると、傷あとを優しくなでてくれる。
無意識かどうかは知らないけれど、その手つきに甘えるのだ。
「受け止めろよ!!」
雪で雑音が消えた世界で耳に入る大好きな人の声。
飛ばしていた意識を戻してそいつを見ると雪玉を下から放るように投げた。
それは絶妙な位置で私の手に収まった。
こいつ…。もしかして忘れてるの…!?
わなわなしながら唖然とそいつを見る。でも、いつも通り得意げな顔じゃなくて、ちょっと苦く笑っていた。
その表情にじっと見つめ返す。
「やっぱり雪怖いよな。ごめん。」
ほぼ20年ぶりの謝罪にただ驚く。
いいよ、と言おうとしたがそれにかぶせるようにさらにそいつが続ける。
「でもさ、こんなにきれいな雪を怖いなんてもったいないからさ。だから、嫌な思い出を塗り替えようと思って!」
どういうこと?と聞く前にその答えは手のひらにあることに気づく。
まだ新しい雪だからか転がすとほろほろと崩れ、中から銀色に光る指輪が姿を見せた。
「結婚しよう!」
言いたいことはいっぱいある。
だいたい、嫌な思い出って雪玉がぶつかって痛い思いをしたことじゃない、とか。
それを帳消しにするためにプロポーズなんて、普通にプロポーズされたほうが嬉しいに決まっている、とか。
だからデリカシーがないって言われるんだよ、とか。
そんなの、私以外はドン引きだよ、なんて。
やっぱり結局惚れた私の負けなのだ。
いくらデリカシーがない男でも。
雪玉が嫌なのはこいつと笑いながら一緒にいられないと思ったからだ。
それを一生一緒にいられる約束をしてくれる雪玉で塗り替えるのならば、たしかに帳消しにできる、私が嬉しいというお釣りもくる。
案外的をついているじゃないか。
私は精一杯笑顔を見せながら指輪をはめて大きく両手で丸を作った。
この際、指輪が雪でギンギンに冷えていることは目をつむってやろう。
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