おそい!はやくいくにゃ!

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顔を何かがなでる感触。 それは2本の何かで。ああ、これはきっと両手だ。 ちょこちょこ触れるそれがこしょばい。 時刻は朝方。大学が冬休みに入ったのをいいことに昨日は夜更かしをした。 だからまだ置きたくないのが本音だ。 ああ、でも…。 この時間はエサの時間だ。エサをあげないと。 「にゃーん。」 ちょっと遠いところで私を呼ぶ声が聞こえる。 「わかったわかった。」猫に言葉は通じないと思いながらも声に出して答えて、そして。 気づく。 私はすっかり目が覚めて慌てて家中を走り回る。 いない、どこにもいない。 ベッドの下、本棚の上。洗濯機の上にシンクの中。 どこにもいない。 私はこみあげてくるものをぐっと飲み込む。 無理やり飲み込んだ喉が焼けるように熱い。ついでに目も熱い。 いつもの探すルートをたどりながら私は最後に玄関にたどり着いた。 外になんて出たことはないけど、一応。 いつも一応で確認をする。 たいていそこまで見つからなかったら思いもよらないところにいるから出てくるのを待つしかない。 だから、ここが最後。 ドアを開ける。 周りを見渡して私はゆっくりとそれを見つけた。 それは点々とした猫のきれいな一直線の足跡。 行きと帰り分の2列が雪に残っていた。 私はもう飲み込めなくて。 飲み込めなくて嗚咽とともにあふれる。 1か月前だった。 10年前に飼いだしたその子はずっと私と一緒にいた。 両親は仕事で家にいないことが多くて、そんな私のそばにずっと一緒にいてくれた。 でも、もともと心臓に疾患があったその子は猫の平均寿命よりも短い時間でこの世を去ってしまった。 その子がいなくなって1か月。まだ1か月だ。 エサも捨てられないしおもちゃもそこら中に転がったまま。 あの子が使っていた毛布は洗えていないし、くしに絡まったあの子の毛もそのまんま。 そんな私を見かねたのだろうか。 あの子が会いに来てくれた。 さみしがらないでって言いに来てくれたのだろう。 雪が積もっていてよかった。 このままじゃ私は勘違いで終わらして、思い出して落ち込んでいた。 猫特有の一列の跡はあの子が来てくれた証拠。 私はこの雪の日を絶対に忘れない。絶対に。
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