顔のない父

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 私が父ではなく母に──そう、に──似ていたら、やっぱり私は不幸だったのでしょうか。それはもう分かりません。人は生まれる境遇を選べないといいます。まさにその通りで、私も選んでこのような境遇に生まれてきたのではありません。  また、私は父に容姿が似ることであまり美しくはないものの、この家に違和感を抱かれることがさほどないままに生きることができました。  今はもう、「家族」の誰も生きていない。  人の死は何であれ痛ましく、たとえ悲しさの感情が希薄だったとしても、何らかの感慨を生むものです。ましてやそれが同じ家で生活していた「家族」のものであったなら、なおさら。はっきりとはしないけれど、底知れぬ暗さと重さがいついつまでも残ります。  今は私は女性実業家として戦後の混乱期をのりこえ成功し、年の離れた相棒の女性をつい昨年、あの世に送り出しました。  私のお迎えもそろそろくるのかもしれません。  人の生、そして死そのものは、選ぶことは困難なのです。そう、自殺などしない限り。  泰兄さまの話をしましょうか。  自殺で思い出したのです。  泰兄さまは自殺しました。戦中でなくてよかった。戦中の出征先で自殺されたら、残された家族は肩身が狭い思いをしますからね。  芸術肌の泰兄さまはけっきょくはあなたの言いつけを守って、東京帝国大学を目指し、一高に進みました。それでもあきらめの悪い兄さまは、あなたの目を盗んでは友人とともに油絵などものしていたようですが、兄の死後この友人が送ってくださった作品を見ると、あなたの判断は間違ってはいなかったのだと言って差し上げたいです。  素人の私の目にも、何ら目新しい、珍しい才気は感じられないものでした。  実の兄に対して、私は辛らつすぎるでしょうか。  ご不快であったらご容赦ください。
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