素直になれる魔法の日

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宮浦が好きだと気付いてしまえば楽だった。 宮浦を見て胸が苦しくなる理由も、宮浦のようになりたいと無性に早る気持ちにも説明がついたから。 そして俺達は男同士だ。同期以上の関係にはならないことが明白。付き合えるなんて想像することすら烏滸がましい。同期として、欲を言えば一番だ仲の良い同期として、宮浦の視界に入ればいい。恋心は俺の胸に大事にしまっておくしかないと思えば、宮浦とは幾分楽に話すことができるようになった。 一人そんな気持ちを抱えながら、2年の月日が経とうとしていた。 世の中はもうすぐバレンタインデーで街のいたるところににピンクのハートが散りばめられている。 会社から最寄駅に向かうまでの帰り道、隣を歩く宮浦にそっと目を向ける。 先日2人でラーメン屋で昼食をとっていた時、テレビでバレンタインデー特集が放送されていた。宮浦は箸を止めてテレビに釘付け。何か思うところがあるのだろうか。あの日以来、宮浦はバレンタイン関連のものをぼーっと見つめることが増えた。 今年も宮浦はチョコレートを大量にもらうんだろうな。自分のことには少し鈍感な宮浦は気付いてないようだけど、去年、義理チョコだ、余りものだなんて言って渡されたチョコレートは、どれも本命そのものだった。6粒4,000円するチョコレートとかハート型の手作りケーキだぞ、普通気付くだろう?あぁ、でもあわよくば永遠に気付かないでほしいとも願ってしまうのが俺の悪いところだ。 今はフリーだけど、もしかしたら今年こそ彼女ができてしまうかもしれない。嫌だな、見たくないな。 そういえば。部長に有休を使ってないと怒られたんだった。会社に来れば宮浦に会えるから、なかなか休まなかったんだ。そうだ、バレンタインデー当日休もう。そうすれば宮浦が女の子から声を掛けられるところを見なくて済む。 バレンタインデー前日、いつものラーメン屋にきていた。 「明日の昼は何食べようか」 宮浦がいつもの調子で聞いてくる。そういえば言ってなかった。 「あー、俺、明日会社休むから」 「へ?な、なんで?」 嘘だろ!?と言わんばかりの驚きの表情でこちらを見つめる彼に俺まで驚く。でも、流石に宮浦が女の子からチョコレート貰うところ見たくないからなんて言えるはずがない。 「有休理由を会社に言う必要はないはずだけど?」 少しツンとしてしまった俺の言い方に「いや、そうだけど」と眉間を寄せている。 「え、なに?怖い。宮浦?どうかした?」 「別に…」 「別にって顔じゃないでしょ。明日なんか予定あったっけ?俺、全然有休使ってなくてさ。先週、部長に怒られちゃったんだよね」 「急ぎの仕事は特にないと思うけどさ……佐倉と飯食えないの残念だなと思って」 「寂しいって思ってくれるんだ?」 こんな俺でもいないと残念だと思ってくれるんだ。 嬉しさのあまり、気持ちとは裏腹に揶揄うような言葉を言ってしまう。 「うっせー、麺伸びるぞ」 照れたように俺から目を逸らす宮浦。 そんな表情を見るのは初めてで。 いつも食べているラーメンがいつも以上に美味しく感じたのだった。
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