素直になれる魔法の日

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でも、明日くらいは、少し自分の気持ちに素直になってもいいじゃないか。 だって明日はバレンタインデーだ。 遡ること半月前。 今日と同じように佐倉と2人、ラーメン屋で塩ラーメンを啜っていると、テレビではバレンタインデー特集が放送されていた。 美しくてかっこいい佐倉を除き、むさ苦しい男しかいない店内には不釣り合いな特集であったが、とある言葉を聞いて俺はテレビに釘付けになった。 バレンタインデーといえば、好きな人にチョコレートを渡して告白する日だと思っていた。そして、誰からもチョコレートを貰えない俺を哀れんで、母親と姉がチョコレートをくれる嬉しいような悲しいようなそんな日だと思っていた。 でも今は違うらしい。好きな人に限らず、友人や大切な人、お世話になった人に感謝を伝える日でもあると言うのだ。しかも贈り物はチョコレートだけでなく、多種様々なレパートリーがあり、お菓子やディナーコース、アクセサリーや小旅行など色々なおすすめがテレビで紹介されていた。 俺にとってはその全てが青天の霹靂。 思わず「バレンタインか…」と口に出してしまっていた。 「宮浦もバレンタインなんて気にするんだ?」 黙々とラーメンを食べていた佐倉が顔をあげ、珍しそうにこちらを視線を向けてくる。 「いや、なんかいいなと思って」 バレンタインに託けて贈る相手も贈り物もなんでもアリなその風潮が本当ならば、俺も佐倉に何か贈りたい。 「ふーん、宮浦なら黙ってれば女性陣からたくさん本命貰えるだろうに」 「黙ってればってなんだよ。まあ俺は、佐倉と違って『本命』と書いて家族愛と読む母親と姉ちゃんからのチョコしか貰ったことないけどな」 「なんだよそれ」と目尻を下げて笑う佐倉が愛おしくて胸を苦しくさせる。 男女ともに人気がある佐倉だが、彼の繊細そうな雰囲気が触れてはいけない高嶺の花のようで、普段の仕事以外で佐倉に近づいてくるような人はいない。 でも去年のバレンタインデーだけは違った。 「義理チョコ余ったからあげるね」とあまりものを押し付けられる俺とは違って、佐倉のもとには明らかに本命と思われる紙袋を持った人達が緊張した面持ちで訪れる。 その後、佐倉の口から誰かと付き合った等の話を聞くことはなかったけれど、俺が佐倉を好きなように、佐倉を想う人はたくさんいるのだと突きつけられた気持ちになって暫く沈んだのだった。 俺は、男だとか同期だとか理由を付けては告白できずにいるのに、佐倉に気持ちを伝えられる彼女達が羨ましかった。
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