素直になれる魔法の日

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あの日から俺は、嫌いな自分を変えようと頑張ることにした。 彼の隣に立っても恥ずかしくないように。 大学のゼミメンバーやバイト仲間と自ら話しかけるように心掛けた。 最初はみんな驚いた顔をしたけれど、もっと話してみたいと思ってたと簡単に受け入れてくれた。 悩むよりも行動をモットーに生活するようにした。 道が分からず困っているお婆さんに道案内をして、いざ帰ろうとしたらスマホの充電切れで自分が迷子になったこともあったけれど、行動して後悔することはなかった。 そんな日々を過ごし4月。 入社式の新入社員挨拶で、初めて彼と話す機会が訪れた。 内定式の日は遠くから見つめるだけだった。 その彼が目の前にいる。 緊張から顔に熱が集まってくるのを感じる。胸がドキドキと音を立てる。 「俺、宮浦亮介。」 「佐倉綾人です。えっと、よろしくね。」 元気に親しみやすく笑顔で。 ちゃんと言えただろうか?と内心不安げに彼の顔を見れば、一瞬彼の動きが止まったかと思うと、かっこいい笑顔で「おう!佐倉、よろしくな!」と笑いかけてくれた。 その瞬間、憧れ以上の何かが芽生えた気がした。 入社してからも相変わらず同期から人気を得ている宮浦だったが、2週間の全体研修中は何故かずっと俺の隣にいて一緒に行動をするようになった。俺はというと、この半年間自分を変えようと努力してきたとは言え、ずっと受け身で口下手だった性格はそう簡単に変わらず、同期と特に宮浦と話す時はいつも緊張してしまう。それでも、宮浦はいつも楽しそうに笑うから、もっともっと頑張ろうと思えた。 研修後は同じ営業部に配属された。 担当する営業先は違うけれど、同じ営業部である宮浦とは仕事の悩みや愚痴は共感できることもあって、一番の理解者であり、お互いを鼓舞し合うライバルでもあった。 宮浦は優しい。俺が困っているとさりげなく助けてくれる。でも、その優しさは俺だけに向けられたものではない。宮浦は誰にでも優しいから。今だって、同期の女性陣が頬を染めて話しかけてる。 「佐倉くん、金曜日に同期飲み会企画してるんだけどこない?宮浦くんもぜひ。」 俺はあくまでオマケなのだろう。佐倉がどうする?というようにこちらに目線を向ける。佐倉以外の同期とも仲良くした方がいいのは分かってるけれど、今週は仕事が忙しかったから正直早く休みたいのが本音。でも… 「あー、俺も佐倉も今週仕事忙しくてさ。金曜日はパスで!!ごめんな!!また誘ってよ」 「えー残念。また誘うね、仕事無理しないでね」 ほら、また助けてくれた。宮浦が俺の目線に気付いてニコッと笑う。胸が苦しい。最近、宮浦の笑顔を見ると胸が苦しくなる。 気付けば宮浦と女性陣は違う話題に花を咲かせている。宮浦が一言話すだけで、女性陣の表情が緩んでいく。 俺も宮浦みたいに話せたら。 話せたら…?違う。俺は女性陣と話したいわけでも笑顔になってほしいわけでもない。 俺が話したいのも笑顔が見たいのも宮浦だけだ。 俺が宮浦を魅力的だと目で追いかけるように、俺も宮浦の目に映りたい。宮浦の言動一つで俺の心が揺さぶられるように、俺のことで宮浦の心が揺さぶられればいいのに。 ああ、分かった。 これはただの憧れなんかじゃない。 俺は宮浦が好きなんだ。
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