素直になれる魔法の日

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「明日の昼は何食べようか」 「あー、俺、明日会社休むから」 「へ?な、なんで?」 思いがけない言葉に俺は素っ頓狂な声を上げ、可愛い顔して豪快に醤油ラーメンを啜る男 佐倉 綾人(さくら あやと)に目線を向ける。 「有休理由を会社に言う必要はないはずだけど?」 「いや、そうだけど」 俺と佐倉は同期で、同じ営業部に配属されたこともあり、入社して2年、外回りの時を除いてほぼ毎日昼食を一緒にとっていた。 大体は社員食堂だけど、時々気分転換に牛丼屋かこのラーメン屋を利用している。 それにしても、なんで滅多に休まないのに明日に限って休むんだよ。 無意識で鋭い目線をぶつけてしまっていたらしく、「え、なに?怖い。宮浦(みやうら)?どうかした?」と困った顔で返された。 「別に…」 「別にって顔じゃないでしょ。明日なんか予定あったっけ?俺、全然有休使ってなくてさ。先週、部長に怒られちゃったんだよね」 「急ぎの仕事は特にないと思うけどさ……佐倉と飯食えないの残念だなと思って」 「寂しいって思ってくれるんだ?」 「うっせー、麺伸びるぞ」 満足そうに丸っこい目を細めてニヤっと笑う佐倉から目を逸らし、塩ラーメンを啜る。 人の気も知らないで笑いやがって。 でもそんな佐倉が俺は好きでしかたない。 片想いしてもうすぐ2年が経つ。 佐倉と入社式で初めて顔を合わせた時、俺は『の妖精が舞い降りた』と思った。 暖かさを感じる微笑みを浮かべ「よろしくね」と少し高めの綺麗な声で自己紹介する俺よりも少し小柄な彼は、今まで出会ってきた男の中で一番美しくて、一瞬で心を奪われた。 毎日同じ部署で同じような仕事をし、ほぼほぼ同じ時間に退勤する。そのうえ偶然にも同じ路線の電車で二駅隣に住んでいるとなれば、自然と距離は縮まり、気付けばプライベートでも佐倉と一緒に行動するようになった。人と話すのが苦手なんだと会社では花のように繊細な佇まいでいる佐倉が、俺の前でだけ見せる安心しきった言動は「俺は特別なんじゃないか」って期待をさせるから、妖精というよりも小悪魔に近いかもしれない。 ほぼ毎日一緒に過ごしていると、俺は彼の本当の魅力に気付く。 ひとつひとつあげていくとキリがないから要約すると、誰よりも人のことを大切に想って、誰よりも努力家で、誰よりも可愛くて、誰よりもかっこいいんだ。 そんな佐倉といると、自分も人に優しくしたいと思えた。仕事をもっともっと頑張ろうと思えた。佐倉の隣いても恥ずかしくない男になりたいと思えた。 佐倉の魅力に気付く度、佐倉に惹かれていくのはごく自然のことだった。 けれどどんなに好きだと想っても、この恋が叶うことはないだろう。 俺達は男同士で、ただの同期にすぎない。 俺も佐倉を好きになるまでは女の子が好きだったし、佐倉も学生時代は彼女がいたと言っていた。 だから俺は想うだけ。 魅力的な佐倉は会社でも一目置かれ、男女問わず人気がある。人のことには敏感なのに、自分のこととなると鈍感な佐倉は気付いていないだろうけど。 いつか佐倉に彼女ができて結婚して、俺はそれを隣で祝福して、一番仲の良い同期ポジションでいる。それが俺が望める1番の幸せだと思うんだ。
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