王様気取り

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ケーキが並んでいる。 それは見るだけで口に甘さを含むほど。 深く焦げた木の部屋。窓は古風に飾られて、狭い光を映している。 上質で広いひとつの机。それはその部屋の主。パティシエが客をもてなすために用意した。 天井からやってきた照明は、その中央を丁寧に照らす。 ケーキだ。 光を浴びて、輝く。 パティシエはそのケーキ達を満足げに眺めた。 時刻は午前10時。 そろそろ客が来る頃だ。 パティシエは静かに手ぐすねを引いて客を待つ。 そうして、ドアが開いた。 期待に満ちた足音。席につくのは一人の客。 「あら、パティシエさん?今日もありがとう」 客はパティシエに言った。 そして、机の上のチョコレートケーキを手に取る。 悪魔の杖を手に持てば、さあいよいよ晩餐だ。 濃厚な照りを持ったチョコレートを銀色に乗せ、一口。一口。 やがて皿の上が消えるまで。 お次はチョコレートのムース。 小さな匙にとろける密度。薄いココアを破って。きらめきが生える。 舌に乗せればそれは言うまでもない。それは魔性のチョコレート。 そして、最後にタルト。 硬質なこんがりクッキー、幻のような艶。 すさまじい本物。皿に届くフォークの刃先がコッと軽い音をたてた。 絹のような舌触り。体温で溶けるそれはまさに至高。 そうして手に取るケーキを全て食べ終えた客は、白いきれで口をぬぐう。 「とっても美味でございました」 パティシエは客に深い礼をする。 パティシエにとって、客の喜びの言葉はこの上ない褒美であった。 それでも客にとっては何でもない。ただの雑談に過ぎない。 客は続ける。 「この広いテーブルをチョコレートだけが独占しているなんて、口惜しいと思わない?」 その言葉も他と変わりない。ただの気持ちだった。 けれどその時、パティシエの顔が変わる。 「チョコレートのケーキ以外、食べないくせによくも言ったものだ」 声には怒りが滲む。 「見てみろ、お前は食べなかった」 机の上の綺麗ないちごショートは未だ、手をつけられていない。 そうしてやがて、手をつけられないままだ。 「口惜しいだなんて、お前に言う資格があると思うか?」 パティシエは綺麗なショートを床に叩きつける。そうしてケーキは床に落ちた。 「これは全てお前のせいだ」 床に落ちたケーキはもう、食べられない。そうして床を汚し。 土にかえることもできないから、チョコレートになってゆく。 見て、見ないふりをして。知って、知らないふりをしてチョコレートを食べた。 客は明日も、明後日も。チョコレートを食べるだろう。 永遠に……。
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