第1話ープロローグ

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第1話ープロローグ

 はあっ、はあっ。  逃げても逃げても追いかけてくる。 「おい!待て!」  思ったよりも近くから声がしたことに驚き、俺はますます足を早めた。  ぼうっと手紙を読みながら歩いていたのが良くなかった。まさかチンピラと肩がぶつかり(もちろん謝った)、「おいおい、どこ見て歩いてるんだ?……何だ、ラブレターじゃないか!?」とブチギレられ、そのまま難癖つけられて追いかけられる……なんて漫画みたいな展開になるとは思ってもみなかったのだ。  かなり走ったはずだが、それでもまだチンピラはついてくる。俺は学年でもトップレベルで脚が速いのだが。それに追いつけるとはなかなかやるな、もっと別の形で出会いたかったぜ……という風に、頭がどうでもいい方向に冷静になっていた。  それにしてもかなり走った。だんだんと脚が痛くなってきた。  余計にまずいことに、俺が逃げ込んだ道は行き止まりのようだ。三方を塀に囲まれていた。しかもなぜか人通りがない。目の前の壁にギョッとしていると、後ろから声が聞こえた。 「ふぅ。やっと追いついた。」  チンピラに追いつかれてしまった。ああ、万事休すか。殴られるだけで済めばいいが。せめて少しでも抵抗して逃げる隙を伺うか……?  頭をフル回転させていると、目の前にふわりとしたものが降ってきた。  革靴、タイツ、そして紺色のスカート、ブレザー。それらのものがスローモーションで俺の目の前に流れていった。 ――女子学生だ。俺が通っている学校と同じ制服の。女子学生が、俺とチンピラさんの間に降ってきた。  そこまではまだ良かった(人が降ってくる時点でおかしいのだが)。  問題は彼女の頭だ。  彼女の頭は茶色くて、紙でできていて、四角かった。 つまり、彼女は紙袋を被っていたのだ。  ……え、紙袋?どうして?ってか何だその制服と紙袋っていう斬新なおしゃれスタイルは。  チンピラもあっけにとられた様子で、口をあんぐりと開けて、 「……は?」 とつぶやいた。  紙袋女子学生はそのまま、ばっと両腕を広げ、俺を庇うような姿勢になった。 「……何だ?こいつを殴るなってか?」  紙袋女子学生はこくりと頷いた。  チンピラはまた一瞬ぽかんとしていたが、すぐに元の顔つきに戻って、 「……はっ!なんだよ、どいつもこいつも俺を舐め腐りやがって!おい、ふざけた格好の嬢ちゃん、そこをどかないと痛い目に合わせるぞ!」  それでも紙袋女子学生はそこを動こうとしなかった。 「おい!あんまり大人を舐めるな!本当に殴るからな!!」  チンピラがそう叫んで殴りかかろうとしたが、彼の動きが途中でカクンと停止した。 「は……?」  チンピラがちらりと自分の足を見た。よく見ると、チンピラの足が凍っていて、地面とくっついている、気がした。  凍っていて動けなかったのか?いや、どうして足が急に凍ったのか?そんなことが現実にあり得るか?  などと考えていたら、紙袋女子学生がチンピラさんの元まで走り寄り、彼の股間を、ズバッと蹴り上げた。 「うっ!」  チンピラは変な呻き声を上げ、前かがみになった(が、足が凍っているためか、うまくかがめていなかった)。  ――すごい。ナイスキック。  俺が呆気に取られていると、紙袋女子学生が、びっと路地の出口を指差した。 「……逃げろってこと?」 思わず俺が聞くと、こくり、と彼女は頷いた。 「でも君を置いていくわけには……。」 と、躊躇していると、 びしっ! と、もう一度、今度はより強い様子で指差した。 「――分かった!ありがとう!!」 俺はそう叫んで、その場を後にした。 「おい!待て!」  チンピラが叫んでいる。ちらりと振り返ると、紙袋女子学生は空を登って路地の後の塀の向こうへと行っている途中だった。  紙袋女子学生は、空中に氷の足場を作って空を登っている、ように見えた。  これは現実なのか?  彼女は、氷の使い手なのか?
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