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二章 雪鬼
張り詰めた空気が流れる「黄昏」店内。
沈黙を破ったのは、とある気配だった。
その気配を感じた瞬間、ゴウキとコウキはハッと、こちら側の扉を見る。
「…?え?どうしたんですか?」
その時、こちら側の扉が開き、一人入ってきた。
30代半ばくらいだろうか。髪を一つにまとめ、すっきりとしたパンツスーツの美貌の女性だ。
入ってきた瞬間に、凛とした少し冷たい空気が流れ込んでくる。
「……久しいな。雪鬼」
声をかけたコウキに、ユキと呼ばれた女性はふと笑いかけた。
「コウキ、息災で何よりだ。おや、ゴウキもいたのかい?」
「おう。お前も元気そうだな」
コウキもゴウキも嬉しそうだ。ユキは、瑠璃子を見て笑みを深めた。
「この子だね?噂には聞いているよ」
見つめられて、瑠璃子はあわあわと頭を下げた。
「き、木野道瑠璃子です。初めまして!」
おじぎをした瑠璃子の頬を、するっと指先で撫で、たどり着いた顎をくいっと持ち上げる。
「可愛いお嬢さんじゃないか。初めまして、ユキだよ。よろしくね」
「は…はいっ」
思わず赤くなった瑠璃子を見て、他の二人は苦笑する。
「相変わらずだなぁ」
「本当に人たらしですねぇ…」
瑠璃子はユキにエスコートされてカウンターに座ると、しばらくはコウキやゴウキ、ユキ達のとの会話を楽しんだ。
ただの人として生きてきた瑠璃子にとって、彼らの話はとっても面白い。
コウキもゴウキもユキに会うのは久しぶりらしく、いつもより口数が多いようだ。
「そういえば…ユキ、こんな時間にここに来て、子供は大丈夫なのか?」
「問題ないよ。お泊まり保育で一晩いないんだ。使鬼は付けているし、何かあればすぐにわかる」
「そうか」
「あの…お子さん、いるんですか?」
「ああ。見るかい?」
ユキは、スマホを取り出すと、器用に操作し、画面を見せる。
そこに映っていたのは、元気にVサインを突き出し笑う男の子だ。
「太陽だよ。今年4歳になる」
「元気そうな男の子ですね」
「元気すぎて困ることもあるが、良い子だよ」
愛しそうに目を細めるユキは、優しい母なのだろう…だが、瑠璃子はとある疑問が浮かんで気になってしまう。
「あの…太陽君って…」
「ユキが育ててんのは、人の子だ」
「え!そうなんですか??」
「…ああ。もう2年ほどになるかな。私が育ててるんだ」
「そう…なんですね」
鬼と人…きっと、育てるとなったら、問題は山積みだろう。だが、そんな困難を抱えてでも、子育てをしているのだ。
きっと、私が見た「母の顔」は嘘じゃない。きっとユキさんは、とても優しい女性なのね。
ひとそれぞれ、事情はある。だから、赤の他人である自分が突っ込んでいいものではないだろう…。ただ、ユキが愛情を持って太陽を育てている。瑠璃子は、それさえ事実ならそれで良いと思った。
「今度、太陽君に会ってみたいです」
笑顔でそういった瑠璃子に、ユキは一瞬目を見張ったが、優しく微笑む。
「ああ。ぜひ会ってやってくれ」
そんな瑠璃子達を見ている目があった…暗く澱んだ二対の目が…
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