雪だるまさんがくる

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 俺が自宅アパートで電話をしている時だった。 『田中外見て!』   大学同期の女子、坂本が通話越しに叫んだ。思わずスマホを耳から離す。 「びっくりした。何だよ急に」 『良いから早くっ』   坂本の声に急かされてカーテンを開いた時、目を見張った。 「マジかよ」  吐息で曇る窓の向こうで無数の雪が舞っていた。 『田中の方はどう?』 「もう真っ白」 『やっぱり?  こんなに降るの久しぶりだね』 「確かに。こりゃ積もるだろうな」 『田中ってさ。小さい頃雪積もったら何して遊んでた?』  訊かれて俺は首を捻った。 「雪だるま作る……とか?」 『やっぱりね』 「やっぱりって何だよ」 『いかにも純粋な田中らしいなって』 「さては田舎モンをバカにしてんだろ?」 『してないよ。あとだるまって言えばさ。だるまさんが転んだ。みたいな懐かしい遊びでも結構はしゃいでた感じでしょ?』 「悪いかよ」 『図星なんだー』 「うるさいな」  声を尖らせるも全然不快ではなかった。坂本と他愛のない話をする。それだけで俺は浮かれていた。 『ねぇ田中』  坂本が俺の名を呼ぶ。耳と心を震わすその響きに鼓動が早まる。 『今度一緒に雪だるま作らない?』 「えー嫌だよ」  照れ隠しでつい断ってしまう。 「何か子供っぽくね?」  何気なく茶化したつもりが、 『何でよ。大学生でもそういう友達どうしの遊び、私はアリだと思うけどな』  友達。と聞いて胸がチクリと痛んだ。無言でベッドに身を沈める。心に負った傷は見て見ぬふりをした。 『田中聞いてる?』 「……聞いてるよ」 『そう? ところで田中はさ』  坂本が俺に訊く。 『雪だるま作るの上手かった?』 「当たり前だろ。田舎モンなめんなよ」 『昔はよく作ったの?』 「作った。でも真剣に作ったのは一体だけ。あれは確か俺が小学三年生の時で――」  額に手を置いて目を細めた。 「大雪警報で下校時間が早まった日だったな」  脳裏に幼き日の記憶が蘇っていく。 「学校からの帰り道にある公園。そこで雪だるまを作ったんだけどさ。やっぱ小学生一人の力じゃ限界があって……ありゃヒドイできだった」  思い出して苦笑いする。 「でも人生初の雪だるまだったからな。妙に愛着が湧いちゃってさ。その雪だるまを友達に見立てて、一緒にだるまさんが転んだなんかもしてたんだ。いやぁ今考えると俺かなりヤバ」  俺は話の途中で固まった。 「悪いついベラベラと。俺の昔話なんてつまんないよな?」 『ううんそんなことない! 田中の話は面白いよ。それに実は私もさ……』  言い淀んでから坂本は言った。 『雪だるまとだるまさんが転んだ。したことあるんだよね』 「マジかよ。坂本も結構変わってんな」 『そうよ悪い?』 「いや全然」  むしろ共通点が見つかって嬉しい。という言葉は飲み込んだ。 「にしてもそれってすごいぐうぜ……ん?」  俺は眉根を寄せた。 『どうしたの?』 「今窓の外で何か動いた気がする」 『やだぁ不審者?』 「いや多分見間違いだと思う。えっと雪だるまの話だったよな?」 『そうそう。ねぇもしかして田中が作った雪だるまってさ、眉がハの字型に並べた木の枝で、鼻はキュウリのやつだったりする?」 「えっ、良く分かったな? 何で」 『それにその雪だるまにユッキーって命名した?』  被せるように坂本が言った。 「へっ?」  ワンテンポ遅れてから、 「名前のことまで知ってんのか!?」  声を荒げ、 『私もその雪だるま……作った覚えがある』  坂本の衝撃発言に、俺は言葉を失った。
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