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翌日の早朝、再び閻魔堂へ参拝に来た娘にタカムラは呼び掛けた。
「もし、娘子。昨日の話をもう少し詳しく教えて貰えないか」
タカムラは人形(ひとがた)に輪郭を整え、髪を儒者風の茶筅髷に結い、浅葱色の単衣に袴を穿いている。このような姿で閻魔像の脇に座るタカムラを見て、娘が身を逸らして答えた。
「どなた様におますのか」
「私は閻魔大王に所縁の者でタカムラと申すが、昨日、ここへ参った時にそちの話を聞いた」
「へー、閻魔様に所縁のお人どすか。それで、うちの話を聞いて、どないしやはるんどす」
「閻魔大王に縋る、そちの助けになればと考えておる」
「ところで、だいぶお歳のようどすが、そんな物言いはお武家はんどすか。それともお公家はんどすかいな」
「歳や身分を気にすることはないが、あえて明かせば公家の流れを汲む者だ」
「お公家はんが、うちみたいに平民のもんを助けるやなんて聞いたことがおまへん」
タカムラは娘から不信に思われ、どのように話せばよいのか迷っている。そこで有らぬ言葉を口走っていた。
「今の世では、そのようなことになるのか」
「へー、今の世とお話どしたが、どちらからお越しのお人どすのや」
痛い所を突かれたタカムラは、話したくはなかった事情を口にした。
「私は平安の世から閻魔大王に仕えておる小野篁と言う者だ。この脇にある像は、私を模しておる」
「あー、そうどしたか。お寺の人に聞いとりますが、冥界とこの世を行き来したはるお人どすな」
「その通りだが、ここだけの話にしておいて欲しい」
「おーきに、ようわかりました」
どうにか娘にわからすことが出来、タカムラは安堵していた。しかし、一千年ぶりとは言え、現世に馴染むのには苦労を要すると苦笑せざるを得なかった。
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