タカムラ見聞記 新選組異聞

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 娘の話では、住まいは閻魔堂の前から東西に走る盧山寺通りを、一丁ほど西に入った井田町の長屋に母親と二人で暮らしており、歳は十五歳になったばかりで名を沙紀と言う。  父親は鷹峯の出で、ここで仕入れている野菜と花を天秤棒で担ぎ、町中のお得意先に売りさばく棒手振りをしていた。真面目な性分で、人からは慕われ悪口を聞くこともなかった。そんな親子三人の慎ましい暮らしの中に、突然の悲劇が起こったのだ。その日の夕刻、父親が住まいの近くまで帰って来た所で、二人の不逞浪士と新選組の一隊五名の斬り合いに遭遇した。そこには浪士一名が斬られて絶命し、新選組の一名も重傷を負っていた。もう一名の浪士が壁際へ追い詰められた所に、天秤棒を担ぐ父親が居て、浪士が父親の裏に隠れた。新選組隊士寺田新兵衛は、この浪士に友が重傷を負わされていたことで気が上擦っていた。「出て来い」と叫ぶ寺田に、浪士が父親を身代として「退け、退かないと、此奴の命を奪うことになる」と答えている。その刹那、雄叫びを上げ、「棒手振り、そこを離れろ」と叫んだ寺田が刃を突き出した。天秤棒を担いだ父親は、身が竦んで動くこともままならず、寺田の刃が腹を突き抜け、浪士の胸にも突き刺さっていた。浪士は即死に近く、父親は暫く命を保ち名と住まいを告げたが、間もなく亡くなってしまった。普段より遅い父親の帰りを待っていた母親と沙紀は、戸板で運ばれて来た父親を見て慟哭し、母親のその後は寝たきりとなった。そのため新選組の組頭を名乗る者から経緯を聞き、見舞金を受け取ったのは沙紀であった。何か父親が、不逞浪士の取り締まりの邪魔をしたかのような話で、見舞金も僅か一両で済まされ、沙紀は納得が出来ずにいたが、高飛車に出た組頭に押し通されてしまった。お通夜と葬儀の費用は新選組が持ち、段取りは長屋の大家が取り仕切り、翌々日には蓮台野の寺の一つに埋葬を済ませている。
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