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青春とは何ぞや。
青春とは何ぞや。
八月三日の午前十一時半。勉強机に向かっていた私は唐突に疑問を抱いた。手元に視線を落とす。高校の先生がたんとくれた宿題のプリントが無愛想に積み重なっている。私は生徒なのでこれを全て片付けなければ新学期に怒られてしまう。しかし、とシャーペンを放り出し腕組みをした。十七歳の夏休み。青春真っ盛りの女子高生。もっと何て言うか、瑞々しい夏休みであるべきではなかろうか。引き出しから日記を取り出し捲る。一日最大二行、大体五十字。書くのはそれだけと決めている。楽だから続けられるのだ。夏休みに入ってからの部分を読み返す。今日は宿題が二ページ進んだ。今日も宿題が二ページ進んだ。今日は宿題が三ページ進んだ。ちょっと頑張った。こんな調子が十日分続いていた。
日記をベッドに叩きつける。どれだけ毎日宿題しかしていないのだ。多分魔王に囚われたお姫様でももうちょっと自由な暮らしをしているわ。むしろ毎日宿題をしているのにまだ終わらないって、私がよっぽどどんくさいのか、それとも宿題が多すぎるのか。肩で息をする。深呼吸をして気持ちを落ち着けた。もう一度日記を読み返す。一応、散歩をしたとか弟とゲームをしたとかちらほら書いてある。しかし十七歳の夏休みがこの調子でいいのか。答えは決まっている。いいわけあるかい。もっと青春しなきゃ駄目だろうがい。
そうは言っても急に青春すると決めたって、一体何をすればいい。自分の中にある青春のイメージを具体的に形へ起こしてみる。制服を着た男女四人が太陽に向かってジャンプをしている像が浮かんだ。どういう場面なのかさっぱりわからない。しかしこれが私の思う青春の一ページらしい。困った。私には友達がゆうちゃんしかいない。間違いなく親友と呼べる仲ではあるけれど、イメージを再現するためには太陽に向かって一緒にジャンプをする男の子があと二人必要だ。加えて四人を撮影する人が一人要る。無理だな。そもそもゆうちゃんは世界一周旅行の最中だし。お父さんが宝くじに当たったからご両親とゆうちゃんの三人で世界一周クルーズの旅に出てしまった。現実で起こり得ることなのだな、と感心したが、二十日間のプランなので大分コースが限られているらしい。一旦バリ島まで飛行機で行き、そこから船に乗り込んでアジアを中心に周遊すると言っていた。話を聞いた時、世界一周じゃなくてアジア半周じゃん、と思ったけど口には出さなかった。代わりに拍手を送ると、ゆうちゃんは行って参りますわん、とおかっぱ頭に手を当てて髪を払った。首筋の汗が一緒に飛んで、きったね、と密かに眉を顰めた。
ともかく別の青春像を考えよう。次に浮かんだのは男女が並んで土手を歩いている構図だった。女子が自転車を押し、エナメルバッグを肩にかけた男子が隣を歩いている。彼の顔が赤いのは夕日のせいだけなのか。あぁ、駄目。無理無理。だから友達がいないんだって。いや、待てよ。何か引っ掛かる。もう一人、誰かいた気がする。腕を組み、首を捻る。だけど名前が出て来ない。つまりその程度の関係なのだから、多分一緒に土手を歩いてはくれないな。
鼻を鳴らす。一人で青春を謳歌できる場面は無いのか。他人と一緒にいなければ楽しめないなんて青春はそんなケチくさいものではないはずだ。あ、そうか。友達はいなくても私には家族がいる。両親と、十一歳下の弟。そうだよ、家族と夏の思い出を作ればいいじゃん。流石に青春を味わいたいから何かやってくれ、とは頼めない。家族で夏にやりそうなことをそれとなく私が提案するのが筋だろう。
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