3-1 早瀬の実母のこと(悠人視点)

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3-1 早瀬の実母のこと(悠人視点)

 12月6日、木曜日。午前6時半。  カレンダーを見ると、72候の欄には橘始黄・たちばなはじめてきばむと書かれている。その通りに、キッチンには柑橘系のいい匂いが広がっている。遠藤さんからもらった柑橘類を使って、マーマレード作りに挑戦した。俺は皮むきだけを手伝った。煮込みは早瀬の手腕による。  5つ並んでいるガラス瓶を眺めた。蓋を開けると甘酸っぱい匂いがする。今日会いに行く人へのお土産にする。早瀬のお父さんの分だ。母には明日、父には来週持って行く。 「橘の実が色づき始める頃。……柑橘系のことだね」 「今年はマーマレードに挑戦できた。明日には食べられそうだ」 「ふむふむ。裕理さんの料理の腕の成果だね。とうとうスイーツ系も……」 「まさか自分がやるとは思わなかった。君が美味しそうに食べてくれるから」 「食べちゃダメかな?まだ落ち着いてない?」 「明日にしよう。もっと美味しくなるだろう」  早瀬が苦笑した。俺としては酸っぱくてもいい。いや、楽しみは取っておこう。気を紛らわせようと、味噌汁づくりを再開させた。戻しておいたワカメを鍋に入れて茹でた。そして、味噌を溶き入れた後、器に注ぎ入れた。すっかり板についたと思う。  コト……。  テーブルに料理を並べ終えた後、向かい合って座った。定番メニューだ。チーズトースト、レタスサラダ、卵焼き、ワカメの味噌汁だ。そろそろ別のものが用意したくなった。慣れてきた証といえよう。早瀬としては、このメニューが気に入っているそうだ。 「野球選手の朝カレーと同じだ。この卵焼きと味噌汁がいい。君は飽きたのか?」 「そんなことないよ。俺も上手くいく感じ。新しい料理をやりたいんだ。出来れば毎日、続けていきたい。ほうれん草のおひたしとか……」 「そうか。スープづくりはどうだ?ストックしてあると便利だ。種類はいろいろある。基本を覚えれば、具材のバリエーションができる」 「いいアイデアだねー。ミネストローネは、裕理さんが得意だもんね。ジャガイモ、コンソメ。ネットで調べておくよ。……そうだ。夏樹と一緒に居るから聞いてみるよ。簡単にできるやつとか」  今日は初めてのテレビ収録の仕事がある。昨夜は寝付けなかった。撮り直しができると聞いているが、そう簡単に頼めるものではない。 「とうとうテレビ収録か。リラックスしておきなさい」 「はーい。3人で一緒に居るから怖くないよ。クリアしていかないと」 「えらいぞー。ギタリストユートー。変身しろー」 「ダダダダダー。ユートーー!あああ……」  どうしよう?上手く乗せられしまった。立ち上ってポーズまで決めた。月夜のレンジャー・ブルーの新バージョンだ。一発で覚えたのがバレて、大笑いされてしまった。なんて恥ずかしいのか。水を取りに行くふりをして、キッチンに逃げた。
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