3-3

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 デスクに戻ると、俺に電話が入った。黒崎社長からだという。そのまま繋いでもらった。聞こえてきたのは柔和な声だ。プライベートの会話になりそうだ。 「……おはよう。すまないね」 「おはようございます。いかがされましたか?」 「……君の出張の間、うちに悠人君を泊まらせるといい。だが、本人に遠慮があるようだ」 「はい。そのように伝えます」 「……彼が読みたがっていた本を見つけた。始業時間までに持って行く」 「僕の方から伺います。え?切れた……」  せっかちな人だ。夏樹を通して貸し借りが出来るはずだが、わざわざ来るならば理由があるはずだ。二葉との縁談の件だろうか?それが耳に入った可能性が高い。  そこへ、枝川と黒崎の会話が聞こえてきた。戻っていたのか。インターンシップ開催の件だろう。さらに橋本室長が声をかけている。 「四半期決算資料のデータを送信しました……」 「確認する。ありがとう……」  すべて立ったままで会話が進められている。座ると時間がかかることが理由だ。ここにも ”せっかち” が存在している。お互いに用事を済ませておこう。手早くメールチェックを行った。 (10時、ワタベ電機との会議か。黒崎も同席。ふむふむ……)  最後に資料を確認した後、黒崎のデスクへ向かった。デジタルフォトフレームを眺めては、デレデレと微笑んでいる。 「おはようございます。今日のアルバムは?」 「学食での夏樹だ」 「ははははー。相変わらずだね」 「……人のことは言えないだろう」 「言っていないだろ。俺も悠人の写真を眺めている」 「……堂々と眺めすぎだ」 「悠人のことを収録スタジオに迎えに行くけど、夏樹君も送り届けようか?」 「今日は迎えに行ける。ありがとう」  ありがとう。その言葉を、自然と口にできる人になった。それは俺も同じだ。いい子のふりをせずともいい。さっそく今朝の件を話すとしよう。 「もう一つ、耳に入れておきたい話がある」 「どうしたんだ?」 「早瀬家の祖父からの希望だ。俺と二葉さんとの縁談を申し込みたいそうだ」 「諦めていなかったのか?」 「ああ。さっき電話がかかってきた。突っぱねたけど、圭一さんに連絡を寄こすはずだ。社長にはストレートに電話しない。できない」 「娘だと知っているからか……」 「俺の秘書に配属するのは避けた方がよくないか?彼女からすると迷惑な話だ」 「悠人君が嫌がるか……」 「すでに話してある。俺よりも彼女の方を心配しているよ」 「二葉に好きな相手ができたと聞いたぞ。知っているか?」 「悠人から聞いた。如月君のことだ」 「……二葉は男を嫌っている。付き合うことはしないはずだ」 「……やっぱりそうか」  二葉は男女両方を避けている傾向があると、黒崎から聞いている。人嫌いだそうだ。秘書に就くことで縁ができれば、祖父たちからすれば格好の材料になる。表面上では男女平等を謳っていても、この企業の内部では、出世の壁が至るところに存在している。  黒崎圭一の妹だ。隆社長の実子かもしれないという噂が広がれば、さらに都合がいい。二葉には縁談が持ち込まれるだろう。この企業に入ることが幸せだろうか。 「親父に連絡を入れる。待ってもらえるか?」 「もちろんだよ」 「……常務の黒崎です。社長は10時に出社ですか。ありがとう」  黒崎が社長秘書室へ内線電話をかけた。さきほど話をしたところだ。ここでは伏せておこう。  午後からの予定を思い描いた。ホテルのレストランで親父と会う。渡したいものがいくつもあると聞き、バッグを用意してきた。 (アルバムか?大きめを用意しろと……。ん、終わったのか……) 「お前の家はしつこいだろう?」 「評判どおりだよ。俺もそうだから。親父はじっくり話を聞くタイプだ。……夏樹君の件はどうなった?」 「相談しようと思っていた。飲みに行かないか?家では話したくない」 「もちろんいいよ。初めてじゃない?俺たち……」 「デキている既成事実も作るか?」 「やっぱり行かない……」  そう言いつつも予定を話し合い、日程を大まかに決めた。
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