14-1 誘惑と執着

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14-1 誘惑と執着

 4月6日、土曜日。午前5時。  目が覚めると、カーテンが少しだけ開いていた。この寝室の30㎝ほど開いているカーテンが、夜明けを迎えることを教えてくれた。俺が怖がらないようにするためだ。真っ暗い寝室が苦手で、寝付くまでは小さな灯りをつけている。夜中に早瀬が消してくれている。  夜中に目覚めた時には、早瀬から自然と抱き寄せられる。夜明けまで怖かったのに、この時間が好きになった。それ以外で目が覚めるのは、抱かれ始める時だ。今日は大人しくしている。  そっと寝返りを打つと、そばには早瀬の寝顔があった。静かに寝息を立てている姿は、起きている時とはイメージが違う。賑やかだったりクールだったり、いろんな顔があるが、今は穏やかな表情をしている。 (気持ち良さそうに寝ているなー。あああ……、風邪を引くよ。もう……)  早瀬の裸の肩がある。上半身裸だと気づいた。肩までシーツを掛けてあげた。昨夜シャワーを浴びた後、バタンと寝転がったのか?  昨日は歓迎会があり、早瀬が深夜に帰ってきた。人事異動と新入社員を迎えたからだ。オフィス内がバタつき、忙しい時期に入ったそうだ。営業企画部の部長代理というポストは変わらないが、経営戦略部門での役職が追加されたと聞いている。  黒崎製菓での役職ではなく、グループ全体のものだという。その時の早瀬は苦笑いをしていた。キミとの時間が減ると思うけど、段取りよく済ませて、一緒に居られるようにするよと言って。  早瀬と俺との価値観が違うと感じた。俺としてはs仕事に打ち込みたいなら応援する。多少は寂しくても我慢できる。俺の方も仕事が忙しくなり、世話をかけているからだ。早瀬もそうすればいい。俺のことばかりでなく、自分のことも優先してもらいたい。 (俺が寂しがったからだよね。これでも成長したんだよー)  どこへ行くのにも一緒にいたかったのは、過去のことだ。もちろん今でも気持ちは変わりないが、心の中で手を繋いでいるから平気だ。しかし、早瀬の方はそうではない。  この家に引っ越して、一か月が経った。新しい環境にも慣れた。それでも、一人で外出するのを嫌がられている。心配してというよりも、束縛というものらしい。夏樹がそう言っていた。  それは大学への通学にも影響している。昨日から新学期がスタートして、一発目の授業を受けてきた。2時限目だけだった。その後で図書館で本を借りようとすると、家に帰れと早瀬から連絡が入った。    記者が来るからだろうか。今は来なくなっている。2月末までは、メディアからの取材に対応した。夏樹も俺も上手だったそうで、業界ではいい評判が広がったそうだ。R&W社の人から聞いた話だ。 (心配のタネがなくなったのにな……)  音楽の仕事はスムーズに進んでいるし、母の会社もいい流れに乗った。プラセルとの提携の効果だ。俺がモデルとして入ることも決まった。これから先は進むだけだ。するとその時だ。早瀬が目を覚ました。 「悠人君。起きているのか」 「おはよう。考え事をしてたよ。朝ごはんを買いに行きたいなって」 「ああ、ヒマリへ行きたいのか……。一緒に行く」 「寝ててよー。大丈夫だから」  徒歩10分の場所にある店のことだ。駅周辺をメインにして、食べ物系の店を開拓しているところだ。早瀬が住んでいた頃からは、ずいぶんと変わったそうだ。  この家に住み始めた後の方が、一緒に居る時間が増えた気がする。迷子を心配してのことか?しっかりしたところを見せるべきだ。早瀬に心配をかけるばかりだ。
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