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 20時。  ここは銀杏ホテルの中にある、ビュッフェレストランだ。今月からのクリスマスメニューが始まった。ローストチキンをはじめとする、クリスマス仕様の料理がメインになっている。さっそく料理を取りに行ってテーブルに並べて山盛りになった。  その30分後の現在、ところ狭しと空の皿が並んでいる。あっという間にこの状態だ。スタッフが次々と皿を下げていた後、やっと、早瀬が満腹だと言い出した。けっこうな量を食べている。話題は去年の指輪代わりの絆創膏の話だ。 「あの絆創膏も好きなんだよ。俺たちのオリジナルだし。裕理さんがグダグダになった記念だし」 「あの時は余裕をなくしていた。どうすればいいのかと。大喧嘩で済んでよかった」 「ネガティブになっているの?あれは俺も悪かったのに……」 「キミの前だと……」 「俺も裕理さんの気持ちを想像してなくって……」  ふう……。あの日を思い出して、同時にため息をついた。顔を上げた瞬間、目が合った。さらに同時に吹き出して、腹を抱えて笑った。 「もうーー……」 「キミと似てきたよ。長く一緒に居るとそうなるらしい」 「ふむふむ。そうなのか」  うちの両親には当てはまらない。しかし、ここでまた沈むのは良くない。さっと顔を上げると、早瀬も同じような仕草をした。両親のケースを浮かべたという。似た者同士になったのか?ここは似てほしくないのに。これぞネガティブの呪いだ。 「ふうーー。俺はまだ入るよー」 「6分目といったところか。月夜のレンジャーのグッズに誓って、あと5皿いけ」 「へへへ。それは無理だよー」  月夜のレンジャーのグッズは、早瀬からのプレゼントだ。楽曲が発売する前日の夜、冷蔵庫に入っていた。食べ物ではない。食器を運ぶトレーと、皿のセットだ。もちろん子供仕様だ。  なぜそれを選んだかと聞くと、俺のオヤツ用にしたいからだった。放っておくと、ロールパンしか食べないから栄養が偏る。冷蔵庫のおかずストックを、皿に取り分けて食べるのは面倒くさい。その皿なら仕切りがあるし、月夜のレンジャー・ブルーのプリントがされてある。ヤル気になるだろうということだった。  さすがにそこまでされては、面倒がるのが申し訳なくなった。根菜サラダやチキン煮込み、その他のおかずを少しずつ取って、オヤツで食べるようになった。早瀬の作戦勝ちだ。  世話焼き同士が同じ家で暮らした結果、どっちが何をやるのか、喧嘩になりかけたことがある。そこで編み出した方法は、早瀬に任せるということだ。その時は手を出さない。これも生活のコツと言える。 「悠人君、頬についているぞ。ソースが」 「ああ、ここかー。さっきのチキンのやつだ」 「まだ付いているぞ。じっとしていろ」  紙ナプキンでふき取られた。そのまま手が鼻先に触れて、つままれてしまった。嬉しそうに笑っているから、胸がキュンとした。この意地悪を悪くないと思っている。このムードのどさくさに紛れて、プレゼントを渡そうと思いついた。  今月7日が早瀬の32歳の誕生日だ。その日は早瀬のお父さんと、遠藤さんと、俺の母親が会うことになっている。森井物産の関係だ。株主総会の後で、会社の役員が逮捕される予想をしている。ヴィジブルレイの活動に影響しないようにする必要がある。その打ち合わせだ。  そういうわけでデートの日程をずらしたから、記念日の今日、プレゼントを渡したい。バンドの初給料をとっておいた。プレゼントはバッグに入る大きさだから、こっそり持ってくることができた。 「裕理さん!」 「どうした?」 「誕生日おめでとう。ちょっと早いけど。プレゼントを受け取ってよ」 「悠人……」 「俺の趣味で選んだんだ。アクセサリーは付けないって知ってるけど。記念に取っておいてもらいたい。遠くでライブがあるとか、会えない時があるからさ……。俺だと思ってよ」  ああ、恥ずかしい。さっさとバッグから取り出して、ラッピングの箱を差し出した。ジュエリー・ソクラテスのものだ。シンプルなバングルを選んだ。  俺の左手首にも付けてある。これは20歳の誕生日に早瀬から贈られたものだ。内側に刻印がされている。指輪と同じメッセージだ。だからお揃いにしたかった。デザインは違うものだが、内側に刻印をしてある。早瀬が箱を開いて、満開の笑顔を浮かべてくれた。 「ありがとう。こんな言葉しか出てこない」 「へへへ」 「ご両親にも用意したか?」 「バレてたのかー」 「初給料か。嬉しいだろうなあ。俺も嬉しいよ」  手に取るのが勿体ないと言い出した。早くつけてよと言い返した。こそこそと続けているから、ちっとも先に進まない。俺の指輪とバングルのメッセージは ”You met on that day”。早瀬の方は ”Will not you love it?”。 「あの日に出会ったキミ。僕のことを愛してくれないかな?」 「もちろんだよ!裕理さん。俺が付けてあげるよ」  あの指輪交換の夜の逆パターンだ。早瀬の手を取り、そっとバングルをつけた。その後は照れくさくて、食事を再開させた。
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