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男が来た
「石丸さーんっ!」
静寂を破って駆けてきたのは真辺 啓二である。
「今ちょっといいっすか?」
「啓二どの! そんなに急いでどうしたので御座る?」
すぐさまヨソ行きのキャラを被る石丸であった。
特にウケがいいというわけではないキャラなのだが、いったん定着したものを今さら変えるわけにもいかぬ。
「籠山さんが大変なんすよ! すぐ来てほしいっす!」
「え? 籠山どのが?」
§
啓二に導かれて訪れたのは山奥の旧炭鉱である。
土埃と錆びた鉄の臭い漂う坑道の奥へしばし進むと、分かれ道のうち一本が大岩で塞がれているではないか。
「さーせん石丸さん一緒に叫んでもらっていいすか?」
啓二が真剣な表情で言い出して頭を下げる。
よくわからないが後輩に頼み込まれては石丸も、
「え? あっハイで御座る」
と頷くしかない。
「あざす。じゃあせーのでお願いします。せーの」
ふたりは大岩の前で叫ぶ。
「籠山さ〜んっ!」
「籠山どの〜っ!」
数秒遅れて驚いたような返事が返ってくる。
「えっ真辺クン? 石丸クンもいんの?」
大岩の向こう側で響く籠山の声はどこか掠れていた。
「ババァに頼まれて迎えに来たんすよ!」
啓二が少しホッとしたように表情を和らげて続ける。
「帰りましょう! 山ごもり終了です!」
「うーん参ったなァいま誰とも会いたくないんだよね。それに代表には心配かけないように一報送っといたし」
「そんでもう一週間ほど放置しっぱなしでしょうが! あいつがこんなのありえんってババァ焦ってましたよ」
「でもここ圏外だし僕サン風呂に入ってなくて汚いし、ヒゲだって伸び放題だし恥ずかしくて見せらんないよ。とりあえずこの先で害霊おびき寄せてるから危ないし、掃除したら帰るからさァここは引き取ってくんない?」
穏やかな口調の裏に頑として譲らない気迫があった。
「なんでこんなことになってるんで御座ろうか?」
石丸がこぼす疑問に啓二はうつむいて小声で答える。
「白玉のことで籠山さん……責任を感じてるみたいで。籠山さんは悪くないのに……てか善悪の話でもないか」
「シラタマ? ってどちら様で御座ろうか?」
知らない名前が出てきて石丸は首を傾げる。
「ほら……一緒にカラオケ行った糸目の女子……」
啓二の声のトーンがどんどん下がっていく。
「白玉っていうんで御座るか? あの子が何か?」
「しっ……死ん……殉職したん……ですよっ……」
ここで石丸は冷たい感覚を背筋に感じて震えた。
(しまった……なんという無神経な質問をっ……)
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