ある男の依頼

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ある男の依頼

ある州西部の、観光地にもなっている商業地区のメインストリート。その裏通りにテッドのオフィスはあった。 今日も疲労困憊した依頼人がひっきりなしに訪れ、手が回りきらなくて、近くにある別の営業所にすでに何組かの依頼人を送り込んでいる。 「もしもし、アニストン・ベイルボンズです。4月8日の午前8時にルイス・ガーラという青年がそちらに送られてますね?ええ、不正アクセスとポルノ画像配布の。今から保釈手続きをして……できれば昼頃には身柄を引き渡してもらいたいのですが。ええ、承知しています。…そうですか。わかりました。では後ほど。」 受話器を置き、職員のマットが「保釈の許可は下りました。」と、ルイス青年の母親に微笑んだ。彼には流れ作業のようなものだが、母親は泣きぬれながら礼を言い、その場で弁護士に電話をした。ちらりと時計を見る。今日の昼食も、移動しながら片手で食べられるものだ。たまにはゆっくり座って食べたいものだが、そうも行かない。犯罪は毎日いくつも起こるのだ。刑事と同じで休む暇はない。 ここは保釈保証会社、アニストン・ベイルボンズ。 逮捕された容疑者を一時的に保釈するために、その手続きを依頼人の代理で行い、保釈金も肩代わりをし、容疑者が約束どおり裁判所に出廷したら、預けた保釈金が返還されるというシステムだ。 会社の利益となる手数料は、依頼された保釈金の額によるのでマチマチだが、このように忙しいこともあり、年間でかなりの収益をあげている。したがって給料もそれなりに良く、本来ならかなり余裕のある暮らしも出来るのだが、それを味わっている暇はない。テッドとの旅行はおととし行った南仏での1週間にも満たないバカンスのみで、恐ろしいことにそれ以来、旅行らしきものには1度も出かけていない。 何人かのスタッフを雇い入れて営業所も増やしたが、人員を増やせば増やすほど依頼も増えていくだけだ。 ここの代表は「テッド」こと、エドワード・アニストン。彼はこのオフィスに常駐しているわけではない。いまルイス青年の保釈の手続きを担当していたのが、ここの職員であり、テッドの恋人である「マット」だ。 マットはおととし刑期を終え、晴れて釈放された元囚人である。故郷を離れ、テッドが立ち上げた会社に雇われる形でこの仕事に就き、まもなく2年が経つ。忙しくて彼とのプライベートな時間がなかなか取れないのが今の悩みだ。 テッドはもともと、ある別の保証会社に雇われていたバウンティーハンターであった。容疑者の中には、肩代わりされた保釈金を踏み倒し裁判から逃げる者が稀にあらわれる。そんな不届き者を監視、追跡、捕獲するのがハンターの仕事だ。 彼はその長年の知識と経験を生かして数年前に独立し、このアニストン保釈保証会社と連動したハンター専門の会社も立ち上げ、監視業務をメインに活動していた。もちろん自社だけでなく他の保釈保証会社にも任務を委託されているので、依頼は常にある。保釈の仕事はマットに任せ、テッドはハンター兼・監視役を務めている。ふたりは公私共に強固なパートナーであった。 「やあテディ。僕は鬱病の一歩手前だ。今すぐ会社に火をつければ治るかもしれない。」 勾留されている青年を迎えに市警察に向かう道すがら、マットは運転しながらサンドウィッチを頬張り、ついでに恋人に電話をかけた。夜は2人とも帰ってくる時間もバラバラだ。同じ家に住んでいるのに昨夜まで1週間連続、マットはテッドにおやすみも言えないままひとりで眠り、朝の短い時間でしか互いの顔を見ていない。 《つらかったら精神科に入院してもいいぜ。書類仕事ならベッドの上でもやれるからな。》 「……もう君のペニスがどんなだったか忘れちゃったよ。違う人のものでも気付かないでヤッちゃうかも。」 《君は俺のことをペニスの形でしか認識してないのか。》 「精子の味も忘れちゃった……。」 《なるほど。そのふたつが君にとっての俺なんだな。》 「今夜も遅いの?」 《昨日より5分は早く帰れるようにする。》 「本気で浮気するぞ。」 《ダコタ……ごめん。俺だってたまにはゆっくりお前と寝たい。いや、たまにはじゃなく、毎晩だ。》 「ファーストネームで呼ぶのは禁止しただろ。」 《でも俺はこの名前が好きだぜ。……悪いな、そろそろ切る。明日には早く帰れるよう頑張るから。》 「うん。……愛してる。」 《俺も。》 ため息をつく。交差点の信号待ち。マットは自身の名前が嫌いだ。だからミドルネームのアダ名である「マット」を浸透させている。それでもテッドはときどきダコタと呼ぶ。セックスをしているときには絶対にそう呼ぶ。
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