ある男の依頼

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翌朝、ロビーは約束の時間きっかりにマットのもとを訪れ、保釈に必要な書類をすべて提出し手数料を支払った。 そして午後にはウインストン青年は無事に保釈され、マットがいつもどおり自分の車でその保釈人を教会の施設まで送り届けた。 ウインストンはマットの想像とは違い、身長は自分やロビーを優に越え、車の助手席が少し狭そうに見えるほど大柄な青年だった。 だが聞かれたことにポツポツと答えるのみで、口数は少ない。見た目にそぐわぬおとなしい青年であり、少し人見知りのようにも感じた。 着いた先ではロビーが今にも泣き出さんばかりの顔でウインストンを抱きしめていた。 マットは手短かに裁判までの過ごし方を口頭で伝え、いつものように念入りに出廷を言いつけ、オフィスへ舞い戻った。次の依頼まで10分ほど空きができたので、さっそくウォルツに再び電話をかけた。 【ザック・ウォルツ】は、いわゆる「嘘つきの専門家」である。人間の微細な反応や仕草、表情などから嘘を見破るエキスパートであり、研究の第一人者として数々の実績を残しており、界隈では名高い男であった。 マットはこの男と囚人時代に知り合い、今も仕事を介して付き合いは続いている。自身の釈放の審査を担当したのもザックであった。 オフィスには防犯カメラの他に、依頼人の顔が映るように隠しカメラが設置されている。 だいたいはそのまま消去するが、ときどき依頼人というのがある。 そう言った人間の映像をザックのもとに送り、解析してもらうのだ。依頼人が嘘をついて、保釈すべきでない人物を誤って出してしまうことを避けるためである。 「今送ったのが、さっき助手席のカメラで撮った例のウインストンです。」 「ふむ……」 ザックがパソコンでそれを見ている。しばらく黙りこんで、電話口で「怯えていますね。」とつぶやいた。 「怯えてる?物静かでも怯えてる様子は見受けられませんでしたが……」 「押し殺してあなたと話しています。けれどあなたに対する恐れではない。彼が恐れの色を示したのは、教会に着く少し前です。」 「ロビーに怒られると思って?」 「怒られることというより、ロビーという男そのものに対する恐怖が浮かんでいます。窓の外に彼の姿が映ったとき、ウインストンは目を伏せるより、少し見開いてその姿を見ている。怒られることへの恐れや、ロビーへの罪悪感があるなら目を伏せますが、これは単純に彼を恐れているのです。」 「とすると、やはり……」 「ロビーの素性を探る価値はありそうですな。しかしそれはベイルボンドの仕事ではない。"ハンター"にはもう連絡してありますね?」 「ええ。施設の近くで、スタッフを2人見張りにつけています。しかし……もしも彼らのあいだで何か重大な犯罪が起きたら、保釈した僕の責任にもつながります。」 「うむ……。」 「ウインストンとロビーがグルになっていると思っていましたが……いずれにせよ、やはり保釈を請け負ったのは間違いだったな。」 「しかし請求された以上は、どんな理由であれ手続きを踏まねばならぬのでしょう。あなたが断ったところで、どのみち他の業者を介して保釈をさせていたと思いますよ。」 昨晩、マットが送ったロビーの映像を観て、ザックは「この男は何かを隠していますね。」と断言した。マットも何となく予感していたことだ。だから彼を頼ったのだ。 「というより、ウインストンの麻薬の入手経路をロビーが知っている可能性が大きい。この、"いったい誰からそんなものを……"と嘆くところ。そもそも芝居くさいのもあるが、視線が不自然に右上を向いている。これは過去のビジョンを思い起こす際の特有の動きです。つまり誰からそんなものを預かったのか、この男は過去に自分の目で見て知っているということですな。」 「そうだとすれば……僕が思うに、渡したのはこの男自身ではないかと。」 「何故そうお考えに?」 「単なる犯罪者特有の勘みたいなものです。それに関しては、服役囚だった僕の方が博士よりも優れているはずだ。自慢になりゃしないけど。」 「ははは、確かに私には決して勝てない領域のものですな。あなたがで長年培ってきた勘の良さの方が、勉強しかしていない私の知識よりは、はるかに信頼できそうだ。」 「けど本当にそうだとしたら、あまりにもスキャンダラスすぎる。州に認可されている孤児院の施設長が、ここで育った孤児のウインストンに麻薬を預けた?そんなの施設の麻薬汚染も疑われかねない。目的は何であれバレたら大騒ぎになりますよ。やはり飛躍しすぎている気もします。」 「まあ、確かにかなり大事にはなるでしょうな。しかしロビーが自分で保釈金を支払わず、わざわざベイルボンズを利用したことにもが見受けられる。保釈金は……3000ドル?決して安くはないが、肩代わりしてもらうほどの額なのか……」 「DCにあんな大きなオフィスを構えてるあなたのように、1日やそこらで3000ドルをポンと用意できる人間ばかりなわけないでしょう。けどこの孤児院が州の施設ならば、ロビー個人の財政を逼迫させるようなさしたる困難は無いとは思いますが……。」 「そのとおり、ロビーが3000ドルを用意できないほど、経済的に困難な男とは思えない。ごらんなさい、この男の左手首を。ヨレた格好にはかなり不相応な時計だ。この時計の代金だけでウインストンを3回は保釈させてやれるはずだ。それからこの芝居がかったややオーバーなリアクション。これは見え透いたあなたへのアピールですよ。」 「アピール?それが作為とやらですか?」 「ええ。施設の孤児達を心から心配している、聖母のような像をあなたに印象付けているのです。もしもロビー自身の身辺が疑われるようなことが起これば、真っ先に保釈を請け負ったあなたにも、何か怪しいところがなかったかと証言を求められるはずだ。」 「ふむ」 「その際にあなたはロビーに対する印象として、こう言わざるを得ないでしょう……かわいいウインストンの逮捕を受け、着の身着のまま駆けずり回り、疲労困憊してこのオフィスへたどり着き、涙ながらにウインストンの身を案じていた、あわれな一介の施設長であった、と。ヨレヨレの服にギラギラの時計も気になったが、ともかくウインストンを早く出して欲しいと懇願する、愛に溢れた本当の父親のような男だった……数々の依頼人を見てきたあなたの証言なら、それなりの効力もありますしね。」 「はあ、"僕もうさんくさいと思ってました"としか言えないけどな。ともかく彼は僕に対するパフォーマンスをしていた、ということですね。」 「恐らく……。ともかく明日、例のウインストン青年の解析もしておきたい。彼の振る舞いから、ロビーとのが分かるかもしれない。」 そして、助手席の映像を解析したザックによって出された答えは、「ウインストンはロビーを恐れている」ということであった。 施設の内情を探るのはハンターにも許されていない。事件が起きてから市警の管轄になるだけだ。 マットは悩んだ。今日は依頼が1件無くなり、いつもよりゆっくり昼食をとる時間ができた。保釈予定だった男が、容疑を殺人に切り替えられたためだ。重犯罪は保釈対象にならない。先ほど男の妻が悲嘆に暮れた声でキャンセルの電話をかけてきた。
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