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ロビーの携帯に着信が入る。
「何だ。………ああ。なに、まだ見つからない?車は?」
今の今まで必死に繕っていた表の顔をあっさりと歪ませ、忌々しそうな顔で舌打ちをする。
「オデールたちにはつながったか?……うむ……。」
室内に重々しい空気が充ちていく。オデールというのはあの神父のことだ。
「……こっちはどうとでもなる。5分後にまたかけ直す。車はそれぞれの場所につけてあるな?……よし。」
通話を切るとジャレットに向き直り、「ベイルボンズの居所に心当たりは?」と尋ねた。しかしマットの所在など知る由もない。昨日の夕方から彼とは会っていないのだ。ジャレットは無言でかぶりを振った。
「昨日の来訪以降、あなた方に接触が無いことは把握しているが、連絡も取っていませんか?」
「ええ。」
今朝、ザックが彼と「明日の礼拝」についてのやりとりはしていた。明日の朝このとなりの教会に、マットの囚人時代の知り合いだという男が潜入する予定であったはずだ。
「簡潔にお答えください。」
声色が低くとがったものに変わる。
「あの男はなぜ我々を探っているのです?」
不確定ながらも、事の発端はマットの服役時代にさかのぼる。……この男こそ、「本当は」どこまで知っているのだろう。
「……僕にも分かりません。彼があなた方を探っていることも知りませんでした。」
「フォックスさん、此の期に及んでまだ彼を庇うのですか。」
「庇っているつもりなど……。」
「あの男は数年前まで、サン・ノウルズ群立刑務所に投獄されていた元囚人ですね。人の保釈を請け負いながら、自分は殺人という許されざる悪事に手を染めていた。それくらいはご存知でしょう?」
……やはり調べがついていたか。この短期間でそれを暴いたということは、組織は思った以上に大きく、ギャングなどという甘っちょろい団体では無いのかもしれない。
「あなたと彼は違う。社会通念上、彼のような人間が今の立場にあることは決して許されない。」
お互い様だろ、そう言いたいのをぐっとこらえる。いや、お互い様どころじゃない。マットはこの男と違ってしかるべき罰を受け改心し、身を粉にして日々真面目に仕事をこなしているのだ。
「しかし私とて、他人を裁けるほど完璧な人間ではない。人並みの慈悲も持っているつもりだ。そしてあなたのようなご立派な方なら、恐らく人一倍の優しさがお有りでしょう。……それを踏まえてここからは、あのベイルボンズに関する私とあなたの取引です。」
「……何です?」
「このまま黙って奴のオフィスと自宅を燃やし尽くされるのを待つか、すべてを打ち明けて彼には相応の口止めだけで収束させるか、今すぐ決断してください。」
「…………。」
「愚かしくもあなたが前者を選んだとしても、保険はおりるだろうし、それをもとでにオフィスを建て直すことも、ゼロからまたベイルボンズの仕事を始めることもできましょう。しかし彼が殺人犯であったという過去は決して消えません。私がそれを忘れることも当然ありません。」
どちらを選んでも、マットの未来は奪われる。そして自分も適当に始末されるだろう。
悩む意味などない。捕まってしまった以上、ハナから選択の余地など何一つないのだ。
「口止めと言っても、乱暴を働くつもりはありません。私は面倒なことを避けたいだけなのです。それなのにわざわざ面倒ごとを運んで、コトを荒立てているのはあの男なんですから。……知っていることをお聞かせ願います。ささいなことでもいい。どうか……」
2本目のタバコに火をつける。イライラと急いているのがよくわかる。
「………ウインストンが盗んだ車の持ち主が、僕だったのです。」
ジャレットが静かに切り出した。ロビーの片眉がぴくりと上下する。
「あの日、グレートランドまでウォルツ博士を送るのに使いました。それがあの停電のあと忽然と消え、通報したところ、市街地のカメラによってウインストンの犯行であることはすぐに判明しました。」
「あなたがずいぶんな高級車を乗り回しているのを確認していますが。」
「あれは金曜日の朝、博士の部下に彼の自宅から送り届けてもらったものです。それを僕が運転係として乗っていただけです。彼はまだしも、ただの教職員の僕にあんな車が買えるわけないでしょう。廃車直前の古いシビックが精一杯です。」
ジャレットは嘘をついた。
「……あなたが偽名を使って私を訪ねた意味は?」
「あなたは僕の車を盗んだ青年の、保護者のようなものだ。マットには、事態がややこしくなるから、ロビーさんには自分が被害者であることをしばらく隠せと言われました。けど僕はどうにも腑に落ちなくて、せめて犯人の親の顔くらいは見ておこうと思って、彼に無理を言ってここに乗り込んだのです。あなたに弁償しろと言ってやりたいのをずっと堪えながらね。」
「…………。」
この嘘で少しでも時間を稼ぎたかった。自分がホテルを出て、連絡が取れぬままもう1時間以上経つ。ザックは今ごろ自分を探しているだろう。そして何かを察して、きっとここにやって来てくれる。
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