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「もう一つ。」 人差し指のようにタバコでジャレットを指す。 「あの男が、アニストン氏のを私に隠していた理由は?」 「……僕と彼らは木曜日に知り合ったばかりのただの顔見知りで、仕事の内容など一切関知していません。」 「しかしあなたの車を盗んだが高飛びした、ということがあなたの耳に入っていないのは不自然だ。」 「僕もいま初めて耳にした情報です。」 そう答えるや否や、ロビーは足元にあったゴミ箱を力の限り蹴り飛ばし、それは壁に激突して中身を散乱させ、再び彼の足元に転がった。ジャレットは身じろぎもせず男の爆発を冷めた目で見つめている。しかし彼は電話を手にし、相手が出るなり「もう撒いてあるな?」と尋ね、ジャレットは心中で舌打ちした。 「口を割る気はないようだ。」 それだけ言って、通話を切った。アニストン・ベイルボンズのオフィス、そしてテッドとマットの暮らす家に、火が放たれた瞬間である。ジャレットの心はこの卑劣な男への怒りと軽蔑で満ち溢れた。それがようやく眼差しにあらわれたのを見て、ロビーは穏やかな笑みを取り戻した。 「……あなたをこの場で殺すことなどあまりにもたやすい。たやすいが、死体の処理がこのあたりだとなかなか難儀でね。ですから生かしてお帰ししましょう。今後死にたくなることが様々訪れるかもしれませんが、どうぞお達者で。」 搾り取るだけ搾り取ったら、最終的に社会的な抹殺を目論んでいる。 「今日起きたことを他言すれば、今後こちらで調べ上げたあなたに関わる全ての方の安全を脅かすことにもなります。私はあなたのように生きて帰りとなった人々のその後の不幸を、いくつも目にしてきました。ベイルボンズとは今日限りで手を切りなさい。できればあの博士とも……早いうちにね。不穏な動きを見せれば、翌日にはあなたを解雇させることもできます。なに、ただ証言を拒んだだけの人間に、そこまで手酷い報復など考えちゃいません。ただ今後一生、安寧はないと思いなさい。」 ジャレットが静かにうなだれる。 絶望しているのではない。ザックの到着を祈っているのだ。そっと目を閉じる。冷静にならなくてはいけない。悪に惑わされてはならない。 「さあ、どうぞ。もうお引き取りいただいてけっこうです。……おい、を車でホテルまでお送りしろ。怪我はさせるなよ。ジェニーを連れて行って、迷子になっていた娘がフォックス氏に迷惑をかけたと、博士に謝っておけ。」 かたわらに控えていた刺青だらけの男が、ジャレットの腕をつかみ立ち上がらせる。そのとき隣の部屋から別の男が入ってきて、ロビーにプリントアウトした1枚の紙を手渡した。ロビーがそれに目を通し、「ほう、周りにはすごい方ばかりいらっしゃるんですなあ。」とつぶやき、その紙をジャレットに向けてかざした。 「まったく似ていないようですが……ご立派なお兄様をお持ちなんですね。」 ジャレットの表情がいよいよ険しくなり、鋭い目で男を睨みつけた。紙に印刷されていたのは、雑誌で特集された際の兄、ヒース・フォックスのインタビュー時の写真であった。 「きっと華やかなご友人もたくさんお持ちなんでしょうな。」 愉しくて仕方がないという顔。ジャレットのこめかみがピリピリと痙攣した。今すぐこの男の憎らしい顔を蜂の巣にしてやりたい。人に対して殺意を抱いたのは、これが初めてだ。 ……すると突如、ゴツゴツという鈍い音が鳴り、間をおいてもう一度やや大きな音で鳴った。何者かが、ジャレットの背後のドアをノックしたらしい。ロビーの顔が一気に怪訝なものに変わる。 「……誰も通すなと言ってあるはずだぞ。」 するとドアは無許可で勝手に押し開けられた。それと同時に、こちらに向けられた銃口が目に入る。ドアの方を振り向いていたジャレットは目を見開き、男たちも即座に銃を抜き取って構えた。 「……あんたがジャレットか?」 銃を向けた男に問われる。この部屋にいる誰よりも鋭く暗い目をしていた。 「はい……あなたは……」 「だ。ここではグリアと呼んでくれ。なあ、ロビー。」 口元を歪ませるようにして笑い、「まあ、このとおり計画は失敗に終わったがな。」と付け加えた。 「あんたを助けに来た。」 「……グリア、先に教えておきたいことが。」 「なんだ。」 「マットさんのオフィスと自宅が、恐らく放火されてる。」 ジャッキーは表情を変えない。静かに浅くうなずいただけである。 「ミスター・グリア。本名など今更どうでもいい。銃をおろしてくれないか。」 奥からロビーが呼びかける。 「お前の犬どもが先だ。3秒数える前におろせ。さもなけりゃこのままお前を撃ち殺す。」 ジャッキーの銃口の先は、ジャレットをわずかに逸れてロビーに向けられていた。 「3……」 「ずいぶん強気だな。」 「2……」 「ミスター・グリア。」 「1……」 その瞬間、ロビーの背後の窓が何者かによって叩き割られ、派手な音を立ててガラスが室内に飛び散った。護衛の男もふところから銃を抜き出し、すぐにロビーを窓から離した。他の男たちも窓に気を取られて反射的に銃を向け、ジャッキーはその隙にジャレットの腕を引き、部屋からの奪還を果たすと、ドアをしめて逃げ出した。 「何をしている!追え!」 「クソッ!」 男たちが後を追って部屋から飛び出す。しかしその瞬間頭上から大量の水が噴き出し、スコールのように彼らを濡らした。何か細工をしたのか、彼らの走り抜けたあとから次々とスプリンクラーが作動していく。 「もたつくな、あっちだ!」 ずぶ濡れになりながら「侵入者」とジャレットを追う。しかし階段を降りようとしたところで、手下の男は立ち止まった。 「おい、どうした……」 後から続いた男が階段を覗き込む。踊り場にはすでに、ハンター達が防弾シールドを持って何人も溜まっていた。さらにその下の階段には、ハンターではなさそうだが、数人の男達が消音器を取り付けた銃をこちらに向けて構えていた。 「こんなところでドンパチしてみろ。シスターも子供たちも大パニックだぜ。」 銃を構えた男たちのさらに下方から、姿は見えないが例の侵入者の声がする。 「今日はこの街にやけにサツが多い。どうやらテロ対策で警備を強化してるみてえだ。つまり通報すりゃいつもより倍速で、街じゅうのサツどもがここに集まってくるぜ。お前らがテロリストだと思われりゃ、たとえケチな小悪党集団だったとしてもあっという間に蜂の巣にされるだろうな。……この国は疑わしき人物を銃殺する分には、たとえ勘違いでもたいした罰は受けねえ。お前らならよーく分かってるはずだぜ。」 「貴様ら……」 「いますぐロビーをここまで連れてくるか、施設にテロリストが立てこもっていると通報されるか、3秒以内にどっちか選べ。1発でもぶっ放してみろ。サツが来る前に教会の庭に埋めてやる。4秒経っても同じことだ。」
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