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だがそのあとでマットには嬉しい電話もかかってきた。テッドの方でもいつもより多めにランチの時間が取れたので、今から近くで落ち合おうと言われたのだ。一緒に住んでいるとは思えないほど、嬉しかった。同時に、一緒に住んでいるとは思えなくて悲しかった。
時計を見る。5分後に表通りのレストランのテラス席で会うことになっている。
もう出なくてはならない。ジャケットを羽織りサングラスをかける。
だがマットは悩んでいた。教会まではこの時間帯なら車で往復30分。次の依頼は1時間後だから、教会の付近で30分は張れるだろう。
「テディー、やっぱりドライブしながらランチにしよう。どうしても行きたいところがあるんだ。」
テッドに、オフィスのガレージまで来るように電話をかけた。胸騒ぎには勝てなかった。
テッドを助手席に乗せ、街に向かって車を走らせると、「依頼人のところか?」とすぐに問われた。
「接触したりしない、ただ少しでもいいからあの付近に居たい。」
「すでにうちの優秀なスタッフが2人、教会前の車ん中で張ってる。博士に診てもらった上で、君が俺たちに依頼したんだろう。」
「そうだけど、妙に気になる。」
テッドが緑色の濁った液体をズルズル吸い上げる。マットに「たまには健康を考えろ」と言われ、昼はコーラの代わりにこの青臭くてまずいスムージーに置き換えさせられている。
「……まあ、君の勘の良さは確かに無下にできない。」
「ベイルボンズの仕事じゃないのは分かってるけど、どうにも心配なんだ。保釈させた以上黙って待ってることはできない。杞憂に越したことはないが……」
「ひとつ言わせてもらうぜ。」
「なに?」
「俺が君を書類中心の仕事に就かせたのは、君を危ない目に遭わせたくないからだ。」
「そりゃあどうも。三十路の男に対する気遣いとは思えない。」
「俺には君がいたいけな白雪姫に見える。」
「あんなにマヌケじゃないだろ。」
「……君はロビーを何者だと考えてる?施設長という顔以外で。」
「正直わからない。けど、善人とは思っていない。」
国道手前の交差点を右折し大きな橋を渡ると、やがて古びた教会のくすんだ青緑色の屋根が見えてきた。
「あれが俺たちの車だ。」
教会前の縦列駐車ゾーンに停められた灰色のセダンを指す。マットはそのひとつ飛ばした前方に車をつけ、テッドとともに降り立った。
「よう、どうだ。」
テッドが声をかける。張っていた部下たちも中で昼飯を食べていた。
「特に動きはありません。ロビーもウインストンも中に居るのは確認してますが、今日は外出をしていませんね。」
見張りは無断で秘密裏に行っているのではなく、きちんと施設におもむき、ランダムな時間に様子を見にくることと、そのあとしばらくここで見張るとロビーに伝えた上で行っている。
ロビーはそれに対して拒絶することも訝しがることもなく、ただ「ご足労おかけします。」と申し訳なさそうに言っただけ、とのことだ。
「……ウインストンの様子は?」
マットが尋ねる。
「特に変わったことはないです。今朝施設に行ったときには、中庭で芝刈りをしていました。私たちともごく普通に挨拶をしましたよ。」
「そう。……ねえテッド、僕も中に入ったらダメかな?」
「君が?なんと言って入るんだ?」
「募金をしにきたとでも言えばいいだろ。君も一緒に来てくれ。」
外壁が煤けてくすんでいる古めかしい教会に併設している割に、施設内は清潔で明るく、開放的な雰囲気であった。ところどころの窓がステンドグラスになっており、天窓からは日差しがよく入るので、晴れた日の昼なら自然光だけで充分だ。
ロビーは思いのほかこころよくふたりを招き入れてくれた。孤児院の依頼人は初めてなので、これも縁だと思い寄付をしたいのだと申し出たら、彼はそれをありがたく受け取り、ついでにと内部の案内までしてくれたのだ。
不特定多数の人々が訪れる教会に備わった施設のためか、あるいはこういった来訪が多々あるのか、ここに住まう子供たちは、部外者であるふたりの姿を見ても特に興味を示さなかった。
唯一こちらに駆け寄ってきた少女に「誰かのパパ?」と問われたが、なんと返そうか迷う間もなく「ジェニー、聖書を読んでる途中だろう。戻りなさい。」と、ロビーによって老いたシスターの読み聞かせの輪の中に戻された。
目的はウインストンの様子をこの目で確認することでもあったので、それとなく彼の所在を尋ねたら、ロビーはこれもまた嫌な顔ひとつせず、大学の課題のためにネットで調べものをしている彼のもとまで連れてきてくれた。
ロビーが彼の背中に呼びかける。振り向いた瞬間の顔を、マットは逃さぬよう意識的にとらえた。
「あ、こんにちは。えっと……」
「やあウインストン。マットでいい。課題の邪魔をして悪いね。」
「いえ……。あの、僕に何か?」
「君に用があったわけじゃない。気を悪くしないでほしいが、こういった施設への僕の個人的な興味だ。孤児院というのに立ち入る機会はないからね。1度中を見てみたかった。」
「そうですか……。」
青年はマットの背後にちらりと視線をやる。
テッドは「仕事仲間のエドワード・アニストンだ。」と微笑みかけ、握手をした。
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