ふたりに訪れた夜

1/4
前へ
/52ページ
次へ

ふたりに訪れた夜

眠りから醒め、「イズミ」は瞳を右側にゆっくりと動かした。白い天井、白い壁、クリーム色のカーテン。腕からは点滴の管が伸び、左の脇腹が鈍く痛んでいる。 「………ウインストン………」 起き上がるが、痛みで再びゆっくりと倒れこむ。そのバサリという音で、右側のパイプ椅子でうたた寝をしていた男がふと目覚めた。 「イズミ!」 椅子が倒れて転がっていく。この巨体が視界に入らなかったので、ジンは思わぬ彼の出現にびくりと身体をすくませた。 「トラ……」 すぐに視界を遮られる。トラヴィスの厚い胸に抱かれ、その腕の強さで傷口がさらに痛んだ。 「トラちゃん、まって……お腹痛い……離して……」 「よかった、イズミ、ほんとによかった……お前、もう二度とこの仕事はさせねえからな。」 「わかった……わかったから離して。傷口が……」 「お、おお……すまん。」 聞きたいことがいろいろとある。何から聞いていいのか、まだ回りきらない頭で考える。いちばんはやはりウインストンのことだ。彼の身元はどうなったのだろうか。 「ねえ、ウインストンはどうなった?あの黒人の子……逃げた保釈人だ。」 「奴は無事だ。とっくに帰国したぜ。アニストンと一緒にな。」 その言葉を聞いて、肩の力が抜け、ほうと息を吐いた。彼は故郷に戻ったのか。テッドと一緒なら安心だ。 しかしすでに帰国したとは、いったいどういうことであろう?ウインストンと落ち合ったのが午後11時くらい、刺されて運ばれたのは深夜2時過ぎだったと思う。窓の外を見るが、まだ薄暗く夜は明けていない。この数時間であの惨状にずいぶんあっさりと始末をつけ、2人は早くも帰国の途についたというのだろうか?確かに裁判の日は差し迫っている。だが、そもそも飛行機は…… 「……トラ、いま何時?」 「もうすぐ7時だ。」 「7時?……のわりに外が暗いけど。」 「もう夜だからな。」 「は?」 「夜の7時だ。」 「……まさか、日曜日の?」 「いや、もう火曜だぜ。」 「はあぁ?!」 「……イズミちゃんよ、お前最近働き過ぎで疲れてたみたいだな。麻酔は切れてるはずだがずーっとぐーぐー寝てたんだ。ニシ先生とか仲間達も見舞いに来たが、まったく起きる気配がなかった。だからアニストンが、来年の春くらいに目が覚めたら連絡してくれだとよ。」 「ちょ……ちょっと待って……いつの間にそんな……どうして叩き起こさなかったの?」 「あんまりにも気持ちよさそうに寝てるから。」 「バカ!オデールの死体はどうなった?君、あいつを殺したよな?」 「ああ、オデールも故郷の墓で安らかに眠ってるぜ。今んとこ死因は心不全としか公表されてない。」 ぐるぐると混乱しかけるが、冷静になろうとゆっくり呼吸をする。しかし知りたいことが決壊寸前のダム湖のようになって、頭の中がまとまらない。 「……何で僕の居場所がわかったの?あと何であそこにいたの?」 「あんまりにも心配だから、仕事終わりについ来ちまったんだよ。モグとサッカーを観に行く約束も結局すっぽかしてな。だが結果的にその判断がファインプレーへとつながったんだ。第六感が俺をお前の危機へと導いた。あと念のため、スニーカーにGPSを仕込んどいたんだ。左足にアニストン用の盗聴器を仕掛けてたみたいだから、右側にしといて良かったぜ。俺のの強運と野生の勘は健在だ。お前はずいぶん鈍ったみたいだがな。」 ウインストンの件とは別の意味で、身体から力が抜けていく。この男はバカなのか鋭いのか未だにつかめない。そして結果的に助けられてしまった自分こそが、もっともバカということだろう。大バカも大バカである。 「……オデール殺しで逮捕されてないの?」 「ありゃどう見ても正当防衛だ。だが案ずるな。自警団の偉いさんがあの町で闇医者をやってるんだが、ニシ先生と懇意でな。そのツテで、オデールを殺しちまったことも、ニシ先生から偉いさんに電話してもらったらあっさり片付いた。そのあとの飲み会の話の方が長かったくらいだ。」 「じゃあ君は逮捕されてないんだね?」 「おう。」 「そうか……ああ、それで結局、オデールの正体は……」 「アニストンの踏んでたとおりの悪党だった。詳しいことは奴から聞いてくれ。けど今はあっちもまだバタついてるから、少ししてからの方がいいかもな。」 「ウインストンが脅されて麻薬を所持してたっていうのは?」 「……それだけのことでなおかつ初犯なら、いちいち起訴なんかされてない。警察はもともと奴が運び屋をやってるとにらんでたみてえだ。だから裁判にかけて余罪を探ろうとしてたのかもな。」 「運び屋……麻薬の?まさか、あの子がそんなことを……」 「奴は根っからの悪じゃないかもしれないが、奴の育った環境が真っ当な生き方を妨害したんだ。」 「…………。」 自分の容態などに構わず、出会ったばかりの青年の身を案じ、肩を落とす。彼は確かに、自分に救いを求めていたはずだ。正しい道筋に導いてくれる大人が誰もいない環境の中でも、あの青年は決して自分を見失わなかった。だから逃げ出し、模索していたのだろう。 「あの子はこれからどうなるの?」 トラヴィスに尋ねても分かるわけがない。だが聞かずにはいられない。自分の身を案じてくれた彼の切ない顔が浮かび、傷口よりも胸が痛んだ。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加