ふたりに訪れた夜

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ロビーの身柄を警察に引き渡し、マットは土曜の深夜まで警察署に拘束され、取り調べを受けた。 テッドにもすでに警察から連絡が行っており、帰国次第すぐに彼も聴取を受ける予定である。怪我人は無かったものの家もオフィスも全焼し、放火とみられるとのことでその犯人も目下捜索中だ。 この聴取で、ジャッキー・ブラウンとザック・ウォルツ、その恋人のジャレット・フォックス、そして友人の「ジン」の存在は伏せてある。ロビーの依頼を訝しんだことから始まり、やがてその陰謀を知ることとなってこの一連の事件を追うことにしたのは、あくまでも保釈保証人のマットと、オーナーであるエドワード・アニストン両名の独断的判断によるものだ。 ロビーの逮捕には、ジャレットの拉致監禁の件は伏せて、ウインストンの「告白」を証拠とさせることにした。逃げ出した保釈人の青年・ウインストンの行方を追って、オーナーであるテッドが国外に赴き、そこでウインストン本人の口からロビーの「真の顔」を聞き出すことに成功、その内容をマットに伝え、マットからロビーのもとへ確認へと向かったが、正体を暴かれたロビーによる身の危険を感じたため、マットが警察に通報した……という筋書きになっている。 その台本の中には、ザックもジャレットも、ジャッキーも存在していない。"お節介"な保釈保証人と、"無鉄砲"なバウンティーハンターが在るだけだ。保釈人が逃走した時点で通報をしなかったことには、相応のペナルティーを課されるであろう。保釈人に問題が起こった際の通報は、2人にとっての義務である。 「あなた方がもう少し冷静な判断をしていれば、家もオフィスも無事だったかもしれせんな。あるいは、もう少し彼らの脅威に対して、厳重な警戒態勢を敷いておくべきでした。今さらとお思いになるでしょうが……」 拘束時間の長さにはうんざりしたが、担当の取調官が珍しく良心的な人柄であったことだけは、幸いであった。 「おっしゃる通りです。僕の無防備で軽率な考えが、この不幸な事態を招きました。」 マットが答えると、取調官のジャクソンは老いて乾いた肌のあちこちに皺を寄せながら、微笑みともあわれみともつかぬ顔で彼を見た。 「……しかし、我々ですらつかめなかった真実に、あなた方が導いてくれたのも確かです。」 「…………。」 「今後は必ず、逐一の報告を願いたいところです。我々と保釈保証人は、常に連携していなければならない立ち位置にあると言えるでしょう。保釈人はあくまでも容疑者であり、我々とあなた方の混じり合うポイントにいる存在ですからな。」 「ええ、その通りです。僕もこれからは、何か迷うことが起こるたび、あなた方から常に正しい指示を仰ぎたいと思います。」 マットの返答に、取調官のあいまいな表情は穏やかな笑みへと変わっていった。 「よろしい。……今回の放火事件には私も胸を痛めていますが、試練を乗り越える強さと、真実を見つめようとするあなたのまっすぐな心があれば、神は必ずやあなたがあるべき場所へと、再び導いてくださるはずです。屈してはなりませんよ。」 「僕もアニストンも、これくらいのことでは諦めたりしません。ただの火事です。……建物が焼失しても仕事はなくならない。不当な待遇を避けるために保釈を望む方は尽きません。僕は僕にできる最大限のことを……なすべきことをするまでです。」 「頼もしいお言葉ですな。信じていますよ。……今夜はもう結構。それにしても、あなたのように、情緒を乱さず感情をあらわにしない方は珍しい。何か特殊な訓練でも受けていそうだ。」 取調官の言葉に、マットはかぶりを振りながら微笑んだ。 「柄にもないことをしたせいで無理がたたって、緊張による大きなストレスを強いられた日々でした。ですがようやく解放され、ほとんど終わりに近づいているのです。ですから僕にとって今この時間は、やっと手にした穏やかな時間なのです。」 取調官に見送られ警察署を出ると、時刻はすでに深夜0時を回っていた。この手の人間には珍しく、人に対しての敬意を忘れない取調官は、車のないマットのためにパトカーでホテルまで送るよう、ことづけておいてくれたらしい。マットは感謝しきりであった。警察に感謝をするのは初めてであった。 後部座席に乗り込む。数時間前に彼のはからいで食事を取らせてもらえたので腹は減っていないが、張り詰めていたものが切れたことで、疲労が一気に全身に押し寄せてきた。
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