ふたりに訪れた夜

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充電があと10パーセントとなった携帯を見ると、テッドとザックとジャッキーから数回ずつ着信が入っていた。誰に連絡をすればいいのだろうかと迷うが、全員に連絡をしなけれならない。しかし今は、ジャッキーに折り返すことにした。彼は1度目のコール音ですぐに出た。 「もしもし……うん、今出られたとこ。迎えはいいよ。取り調べの人が、気をつかって送迎の車を出してくれたんだ。」 今夜の宿はジャッキーに手配を任せてある。 どうやら彼も立て込んでいるそうで、いまひと段落したとのことであった。 「着いたらすぐに寝たい。しばらくは何にもしたくないな……」 ホテルに到着すると同時に、携帯の充電が切れた。繁華街の中心地に建つホテルの上層階に、一部屋だけ空きが出たらしい。休日とあり、手頃な価格のホテルはどこも満室なのだ。そしてジャッキーは、サービスの良くない安い部屋を好まない。刑務所暮らしをしていたとは思えないが、彼はそもそも富裕の男である。ガラが悪いせいで、いつもそのことを忘れそうになる。 ガラス張りのエレベーターに乗り込むと、下へ下へと流れていく街明かりを眺めながら、マットはついにへたり込んでしまった。目的階に着き扉が開くと、目の前にはジャッキーが立っていたが、それでも立ち上がらなかった。 「よう、今朝より5歳は老けたな。」 「君だって、出所してからすっかりおじさんになった。」 「このまんまエレベーターで寝る気か?」 「それも悪くないね。エレベーターのくせにずいぶん豪華だからな。ごらんよ、花まで飾ってあるし、椅子までついてる。空調まで行き届いてるぞ。監房の100倍恵まれてる。」 ジャッキーはしゃがみこむマットの手を引っ張りあげると、そのまま抱き上げて部屋へ運んだ。 窓いっぱいに広がる夜景は文句なしの美しさだ。都会の華やかな夜が足元できらめき、昼には州境の山脈まで見通せるらしい。 しかしその光景を楽しむことすらなく、着くなりすぐに「シャワーを浴びたい。」と言ったマットの言葉を無視して、ジャッキーはベッドにその身体を横たえさせ、「携帯も充電したい。」という言葉を遮るように、覆いかぶさってキスをした。 「……あの頃を思い出せよ。携帯は禁制品だから持ってなかったし、無くても何とも思わなかった。それで、ろくに風呂にも入れさせてもらえない環境下で、汗かきながらヤッてたんだ。月に1度のお楽しみが、いったい何年越しになったんだろうな。」 「君はもうビリーをいつでも自由に抱けるだろ。」 「だがお前は俺に抱かれたがってる。今朝からずっと。」 舌を絡め合う。たしかにこの顔を見た瞬間から、がよみがえって、彼のことが猛烈に欲しくなった。 収監中は、この男の身体しか知らなかった。この男とだけ、快楽や痛みや寂しさを共有していた。常にべったりくっついていたわけじゃないけれど、互いの肉体を知っているから、いつもついそばに居てしまったような気がする。 ジャッキーのペニスが挿入された瞬間、マットの肉体は久しぶりのオスの感覚によって、喜びに打ち震えるように蠕動した。ペニスからは液体が幾筋も流れ落ちてくる。しばらくセックスをしていなくても、与えられればその快楽を思い出し、突然貪欲な反応を見せる。 これは少年の頃との違いだ。頭の中はそれほど変わっていないように感じても、身体は年齢を重ねるごとに勝手に熟していく。愛する恋人以外とのセックスで、こんなにも幸せを得られるほど、図々しくて図太くもなっている。 だが、知らない男ではきっとこんな風にはならない。テッドよりも長く付き合ったせいで、この男の形に馴染んでいるのだ。声もいつもより大きくなる。悲しくないのに、涙が溢れる。離れていてもこの男に愛されているビリーのことが、少しだけうらやましくなる。 激しく打ち付けるように腰を動かしつつ、ジャッキーは何度もキスをした。マットは「かつての男」にされたように激しくされるのが好きだと言っていたから、ビリーにするよりも強く突き上げた。テッドはどのようにするのかと聞いてみたい気もしたが、やめておいた。 あの頃とは違い、良いものを好きなだけ食べられる環境下にあるにも関わらず、彼は相変わらず貧相で痩せっぽちのままだ。みんなが日課にしていた筋トレも嫌いで、中庭での運動時間には花壇の世話をしているか、ベンチに横たわって日光浴をするか、運動もせいぜい同じ棟の仲間であるライアンに誘われて、バスケをする程度だった。 騒ぐことよりも、静かに読書や勉強をしている方が好きで、人当たりは良いが本当は少しだけ人見知りである。しかし人生をやり直そうとして、自分自身を変えようと向上し、ときには無理をしすぎることもあった。自分の後釜として世話係に任命されたときにも、適度な力の抜き方がわからないのだと、面会のたびにこぼしていた。 この青年を初めて見たとき、ビリーによく似ていると感じた。年の割には大人びており、仲間内では頭脳派で冷静な判断をしていても、見ているとどこか危なっかしくて、つい目で追ってしまい、守ってやりたくなる。 だが自分が強烈に甘えたくなるのも、この青年であった。こんな風に交じり合うたび、彼の底なしの優しさに甘やかされていた。 自分が彼に対してビリーの像を押しつけていたように、彼もまた、彼自身が語っていたろくでもない男の肖像を、自分に投影していたのだろう。自分が手にかけた男を、彼は忘れられなかった。潤む瞳に映していたのは、実存する自分ではなく、死んだ男だったのかもしれない。 後ろから突き上げて1度出し、おさまらなくて間髪入れず2度目の挿入を果たした。横を向かせて片足を抱えながら、奥にグリグリと押し付けるように彼の胎内を犯す。マットは久々に、甘美な激情が腹の奥から沸き起こってくる感覚を味わっていた。 オスというものは、いつだって身勝手だ。同じ男でありながら、自分には決して分かり得ない思考回路を有している。それなのに、その身勝手さにいつも陥落させられてきた。痛い目を見させられても、都合よく甘えられれば甘やかしたくなる。まるで洗脳のようだ。いつからこうだったかはわからない。だがきっと生まれながらにして、自分は「こう」だったのかもしれない。母親譲りの浅はかさとだらしなさを持っている。……だからきっと、自分はデイモンを愛したのだ。 2度目は、抱き合って果てた。背中にまわされたマットの細い腕がこの身を離そうとせず、ジャッキーもまた、その華奢な肉体を強く抱きしめていた。愛しているとは口にできない。だから代わりに紅潮する頬にキスをして、ジャッキーは彼の幸せを改めて願った。 刑務所を出たとて、彼の身に何かが起これば助けてやりたいとも思っている。かつての仲間に対しては、いつだってそう思っている。 ー「……こんなふうに寝てたときにさ、ラリってるライアンが聞いてきたこと、覚えてる?」 ひとつの枕で密着しながら横たわる。ジャッキーは「いろんなこと聞かれたから覚えてねえな。」と返した。 「僕に向かって、君の子供を産むのかって聞いてきたんだ。」 「……ああ、あったな、そんなこと。」 「君がからかって"そうだよ"って答えたせいで、ライアンはしばらく本気にしてたんだぞ。そのせいで君との関係もみんなに知れ渡ったんだ。」 「とっくに知られてたろ。なんせクソする場所すら丸見えなんだ。」 「でもライアンは、我を失ってても変なところが鋭かった。自分が見ているもの以上のことに、いつも気がつくんだ。"君の子供のパパは、いつも面会に来るあの人じゃなきゃダメだ"って言ってた。君にも僕にも恋人がいること、わかってたんだ。」 「あいつはヘラヘラしてるようで、人一倍敏いからな。油断ならない男だった。……お前の恋人やビリーと同じくらい。」 会えるとは思わなかったけれど、会えばことは分かりきっていた。今のライアンが知れば怒るだろうか。しかし、誰にも知られることはない。2人だけの秘密の関係だ。 テッドは昼の便で帰国してくる予定だ。 シャワーを浴びるのも、ジャッキーがやって来た「真の目的」を聞くのも、朝起きてからでも遅くはない。彼の腕に抱かれて、いよいよ眠気がピークに達した。携帯が繋がらないことを怒られるかもしれないが、充電をする余力すらもう無い。目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。 ジャッキーはしばらくその寝顔を見つめ、一瞬だけ、ビリーのことを忘れた。
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