燃え尽きぬもの

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燃え尽きぬもの

「まさか本当に燃やされるとはなあ。」 月曜の午後6時。 どこか他人事のように間延びした顔で、テッドが黒焦げのオフィスを見上げている。鎮火して2日経っても、まだキナ臭さが鼻をついてきた。 日曜の昼過ぎに帰国したテッドとウインストンは、待ち構えていた捜査官によってすぐさま警察署まで連行され、共に5時間以上にわたる取り調べを受けた。ウインストンは飛行機を降り立った瞬間に、市警察によって手錠をかけられた。彼は保釈人であるものの、麻薬所持の現行犯で逮捕されていた身である。 テッドによって語られたことは、マットの証言と合致している。2人は聴取の前に連絡を取り合い、内容に矛盾が生じないよう綿密な打ち合わせをしておいた。テッドはウインストンから得た「告白」の内容もつぶさに報告して、ウインストンもそれに相違はないと言った。 帰国したのは2人だけではない。神父オデールの亡き骸も、柩に納められてひそやかに空港に送り届けられた。ひたいを撃ち抜かれた遺体はこのあと解剖に回されるが、彼の死は国外でのことであり、現地の警察によって「スラムのギャングと思われる人間によって、強盗目的で殺された」との報告がなされている。 ギャングチームは数多あり、監視カメラなどない混沌とした街での事件で、犯行も深夜であるため目撃者もおらず、手がかりはない。それをセント・クエンティンの自警団と協力関係にある管轄の地元警察に言い通してもらい、オデール殺しの件は捜査が保留となった。 それよりも警察にとって重要なのは、生前のオデールと、逮捕されたロビーの暗躍である。ウインストンの証言により、すでに「アジト」のひとつであった公営団地は家宅捜査され、あらゆる犯罪の証拠を洗われている真っ最中だ。 少年たちは皆、何かしらの犯罪に巻き込まれたり手を染めている者ばかりである。ひったくりや車上荒らしや空き巣、麻薬の密売、少女達の中には売春をさせられている者が何人か在った。彼らはドラッグの使用を禁じられていたが、密売を担当していた数人の部屋からは注射器や吸引具などが見つかっている。 ウインストンの余罪も次々明るみになるであろう。マットは、彼が進んで悪事を働いたわけではないことを理解している。だがこの環境の中で、彼が触れ合う人物と言えば同じことをしている仲間か、その元凶であるロビーしかなかったのだ。車の窃盗は彼の得意分野であったそうで、仲間の指示で何度も犯行を繰り返したという。 マスコミによってすでに報道合戦の火蓋が落とされ、今回の放火事件との関連も嗅ぎつけられた。マットもテッドも何度かマイクを向けられたが、ノーコメントを貫いている。 そして2人とも丸1日以上自宅とオフィスには近づけず、マスコミが去ってからようやく変わり果てた姿を目にした。 テッドはのんきにスマートフォンで写真を撮っていたが、マットは悔しさが徐々にこみ上げてきて、その痛々しい光景を眺めているうちに、とうとう涙まで滲んできた。あの優しき取調官に対しては気丈に振る舞って見せたが、テッドが2人の新しい生活のために苦労して建てた物件である。悔しくないわけがなかった。 家も悲しいが、オフィスはもっと悲しかった。ここは自分にとって無くてはならない場所なのだ。ようやく社会に加わることのできた場所で、自身が更生して人間らしくなれた証そのものである。 忙殺されているときには本気で燃やしてやりたいとも考えたが、矯正施設を出てからは、ここが新たな「中庭の花壇」であった。大切に育ててきた自分だけの仕事の場だ。 「……心配するな。君のキャリアまで燃やされたわけじゃない。また新しくやり直そう。」 目を潤ませながらふてくされた子供のような顔で、黙りこんで恨めしげに火災現場を見つめるマットの頭を、テッドがそっと手で胸元に寄せた。 「保険金も相当おりるぜ。ここもかなり立地は良かったが、もっとロケーションのいいところに移れそうだ。俺はハンターの仕事があるから、しばらくは土地を探すのが君の仕事だな。」 「…………。」 「……泣くなよ。終わったわけじゃないだろ。"やり直し"は君の得意分野のはずだぜ。」 テッドの胸に顔を押し付けるようにして、マットは肩を震わせた。何と言われようと、いまはとにかく、悔しくて悲しかった。テッドは黙って頭をなで続け、誰も通らない細い路地でしばらくその身を抱いていた。 あたりがだんだん薄暗くなってきたので、道が混む前に帰ろうと促し車に乗り込んだ。帰宅ラッシュに巻き込まれると、国道を抜ける時間が倍になってしまう。だが、少し遅かったようだ。車の流れは徐々に速度を落とし、やがてぴたりと止まってしまった。それでも助手席のマットは渋滞に文句も言わず、街明かりを映してきらめく暗い海をぼんやりと見ている。 2人は特に会話を交わさず、車内にはラジオDJの声が控えめな音量で垂れ流されるばかりだ。だがリクエストコーナーで偶然テッドの好きな曲が流れてきたので、「お、いいねえ。」とひとりでつぶやいて、音量をほんの少しだけ上げた。元は古いギャング映画の主題歌だが、冴えない中年男のベイルボンズが出てくる映画の主題歌でもある。シケてるが郷愁を感じさせる歌である。今日のような日には、特によく似合っている。
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