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「それでも君は、僕より先に死んじゃダメだ。」
「無茶言うなよ。」
「ふたりともしわくちゃになっちゃえば、10歳なんて大した違いじゃないだろ。80歳の僕は、90歳になって誰のこともわからなくなった君を置いて死ぬんだ。」
「あのまずいスムージーのおかげで、俺は無駄に長生きするってわけか。」
「僕が死んだらコーラを好きなだけ飲んでいい。」
「ずいぶん気の遠くなるような話だ。……なあ、俺たちは死ぬまでふたりきりかな?」
「……どういうこと?」
「死ぬ場所はどこでもいいが、最期は子供や孫に囲まれてるのが俺の理想だ。たとえ遺産がゼロでも集まってくれるような子供たちだ。」
「…………。」
「君がいいと言ってくれれば、俺はいつだってパパになる準備はできている。君にはママ友との付き合いも、バザーの出し物で見栄を張るのも到底無理だろうが、そんなことはしなくていい。」
「テッド、僕は前科者だ。殺人犯の子供にするわけにはいかない。無理に決まってる。」
「前科があったら家族を持ってはダメなのか?そしたら君と暮らしてる俺はどうなる。」
「子供は親を選べない。生まれる子も引き取られる子も同じだ。いつか親の真実を知ったら、きっとその子も道を踏み外す。」
「踏み外さないようにするのが俺たちの務めだ。……親に捨てられた行き場のない子が、あんな小さな街にすら大勢いるということがわかって、俺はずっとそのことについて考えてた。とは言え俺たちは共に暮らした実績も浅いし、これからまた共に忙しくもなるだろう。」
「僕たちがうまくやれるだろうか。」
「苦難はいろいろと重なっている。だがどの親もだいたいそうだ。どの家も仕事があって忙しいし、1日も同棲せずに、付き合って3ヶ月でバーで知り合った相手との子供ができてしまったカップルだっている。……俺の親だがな。それでも子供を愛し、まっとうに育てることはできる。俺たちは仕事もあるし、今のところ金にも困ってない。君は前科者ということ以上に、今やひとりの社会人でありビジネスマンだ。そういう実績を2年かけて積み上げてきた。これからも積まれていくだろう。だから……」
テッドの言葉を遮るように、その唇を人さし指でつついた。
「………そんなに子供が欲しいんだね。」
「今すぐにとは言わないさ。」
「あと少しだけ君とふたりの時間を味わいたい。いい加減バカンスにも連れてって。」
「わかった。約束する。」
「僕は今ハッキリと答えを出すことはできない。子供なんて1度も考えたことないんだ。それに今は何も片付いてないし、いろいろ混乱してる真っ最中だ。……けど、僕は君のために生きていきたいと、ローレンス看守長と博士の前で言ったんだ。その言葉に嘘は無い。だから君のしたいことは僕の望みでもある。」
「………。」
「僕が男でよかったな。でなけりゃ今ごろとっくに10歳の子の母親さ。父親によく似た手のつけられない悪ガキのね。それできっと、今もあの団地に住んでるんだ。」
マットが穏やかに微笑む。どこか遠くを見るような目。収監直後には、よくこんな目をしていた。
「それでも、もしも君と出会えたなら……汚い街の汚い団地に住んでる、夫に捨てられた30の僕を君がトチ狂って選んでくれたなら、僕はまちがいなく君の子供も産んでるはずだ。そのあと君に逃げられたって、僕はその子を永遠に愛するはずだ。」
今度はマットがテッドの髪を優しく撫でた。
彼の瞳には、もうかつての恋人の影はない。
ときおり夢に現れて苦しめられるけれど、優しかった彼がこれ以上汚れぬように、確かに自分がこの手で消したのだ。
テッドは何も言わず、ただマットに抱かれていた。今すぐに顔を見てやりたいとも思うが、そのままにしておいた。自分はくだらないことでグズグズ泣いたりしたけれど、テッドが泣いたのは見たことがない。いつものんきで鷹揚な彼は、沈みやすい自分とは正反対だ。
そんな彼に対して、甘えてばかりだった。それではいけないと思いながらも、どうすればもっと頼もしい男になれるのか、手段がわからなかった。
だが、彼をこうして静かに泣かせてやることができるのは、きっと自分だけだ。性格は違っても、感情とはいつもリンクしていたい。怠けずに愛を伝えたい。日々のめまぐるしさでごまかしたくない。彼に要求する前に、自分がそれを先に示していたい。
自分の周りにいるのは、道を踏み外したものばかりだ。刑務所を出てもそれは変わらない。ときには保釈にすら値しないものもある。やり直すことをおしえてくれる人がなければ、人はきっと悪い循環から離脱できない。自分は幸福な身分なのだ。そして一生、テッドを手放してはならないのだ。
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