燃え尽きぬもの

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火曜日、午前10時。昼の便で故郷に帰るというジャッキーと、空港近くのカフェで落ち合った。長く不在にするとビリーが心配するので、一旦帰国の途につき、また来週になったら適当な理由をつけてこの州に舞い戻ってくるとのことである。 テッドには当然ジャッキーのことなど話していない。仲間の囚人たちのことは、今までほとんど話したことがない。もしも元囚人仲間と会っていることがテッドに知られれば、やきもち焼きの彼はいい顔をしないだろう。囚人同士の結束の強さを、彼はよく理解している。だから彼らと会うことがあっても、それについて話すことは、この先一生ないと思っている。 「探偵になりたがっていたのは、暇つぶしの軽い気持ちじゃなかったのか。」 アイスコーヒーの氷をストローでカラカラと回しながら、マットが苦笑いをした。 「いーや暇つぶしだ。俺は事件にクビを突っ込むのは好きじゃないが、裏を探ることは好きだからな。だがペットの捜索と浮気調査だけはパスだ。」 ジャッキーがマットのもとにやって来た理由は、やはりロビーの件であった。しかし彼には「別の依頼人」がおり、今回マットと会ったのは、偶然にも「依頼対象者」がかぶったためである。しばらくは電話でマットからロビーのことを聞いてはいたが、自分も彼に探りを入れていることは内密にしてきた。 ロビーとオデールは、やはりあの矯正施設をのっとろうとした組織の一味であった。中米の一大マフィアの首領・バンデラスと久々に会って酒を飲んでいた際、くだんの新興組織のことについて聞かれたのが依頼のきっかけだ。組織は彼のかつての愛人が興したものであり、いずれ力をつけて勢力を伸ばしてくることを彼は警戒していた。 相手が小さな集団であろうと、ボスが女であろうと、どんな相手にも決して油断をせず警戒することが、彼の持つ組織が長生きしてきた秘訣なのだという。 バンデラスはまだ仮釈放の身であり、国外へ渡ることもできず、下手な動きは取れない。 だからその代わりに、新興組織の流している麻薬のルートを探って欲しいと頼まれたのだ。ジャッキーは面倒なので一度は断ったが、バンデラスの話すところによると、どうやら矯正施設のときとでさばいているらしかった。 ひとつの公共機関を隠れ蓑にして、裏で虎視眈々と獲物を狙う捕食者。かつてそれを暴いたからこそ、バンデラスはジャッキーに頼んだのだ。そこに、マットからの連絡である。これがほとんど決め手となり、ジャッキーはビリーにも秘密で調査を請け負うことにしたのだ。 「街の探偵」にしてはやや依頼の内容が大きすぎるが、ちんけなものよりはこれくらいの方が向いている。かくして、ビリーには絶対に秘密の、ジャッキーの「探偵ごっこ」が始まったというわけだ。 「君がいてくれてよかったよ。でなけりゃジャレットさんもウインストンも殺されてたかもしれない。」 「間一髪だ。お前が勘付いてくれたことが何より大きかった。おかげで着いたと同時に事件解決だ。意気込んで来たわりに、俺はほとんど何もしてないから腑に落ちないがな。」 「何言ってんだ。僕たちよりも遥か先で先手を打って行動してただろ。個人でずいぶん優秀なを雇ってるんだな。」 「奴らは俺のSPみたいなもんだ。俺が単身で外国に行くのをビリーが嫌がるからな。いずれも軍隊あがりや警察組織から買収した奴らばかりだ。ケンカが強いだけのストリート出身の用心棒なんざ、いまどき流行らない。」 「そこらへんの流行り廃りはよくわからないが……まあ、君らしいな。それより聞いてくれ、ニンジャがようやく目を覚ましたんだ。さっき彼の恋人から連絡が来た。」 「そうか、そりゃ一安心だ。」 「テッドに休みを取ってもらって、再来週会いに行くことになった。彼とは2年ぶりさ。僕の出所祝いをしにここに来て以来、顔を見ていない。」 「奴は隠密だろう。まるで本物のニンジャだ。易々と会えるのか?」 「もうやってないよ。今回の彼らはあくまでも便を介した依頼だ。……だが、僕がオデールの動きを見逃したせいで渡航に気づかず、刺されてしまった。」 「お前のせいじゃない。オデールがロビーよりもほんのわずかに勘が良かっただけだ。」 「けどもう2度とこんなことには誰にも巻き込まない。」 「巻き込む前に俺に相談しろ。」 「それで君がしくじったら、ビリーさんに何て言うんだ。彼の心配は僕にもよくわかる。浮気しといて言えたことじゃないけど……。」 「俺に何かあったとしても、浮気ほど怒りゃしねえさ。」 「ねえ、僕らのことバレないと思う?」 「ハメ撮りの1枚も残っていないセックスが、海を渡って知れ渡るとでも?」 「海を渡るかはわからない。……ところが驚くなかれ、世界はせまい。ビリー氏がこっちでやってるレストランに、ローレンス看守長がたまに行くと言っていたろう?そのローレンス看守長の親友は誰だと思う?」 「……親友?そもそも奴には友達がいたのか?」 「ジャレットさんさ。高校時代からの付き合いだそうだ。」 「な……」 ジャッキーがめずらしく狼狽したような顔を見せ、指からうっかりタバコを落とした。 「ややこしくなるから、僕から君には話してなかったけどな。おまけにジャレットさんのお兄さんも店の常連らしい。ビリー氏が今は英国にいると聞いて会いたがっているそうだ。……君のその反応を見るに、ビリー氏は客のことを君には話してないようだな。そういうわけだから、僕以外とときは気をつけろよ。どこで誰が繋がっているかわかったもんじゃない。」 「何だそりゃ……客のことなんか俺もいちいち聞かないが……そうか……」 一点を見つめながら一所懸命に頭の中を整理している彼を見て、マットはおかしそうに笑った。そしてしばらくしてから、逡巡したように切り出した。 「なあ……ビリーには、俺に内緒にしてる人間なんか無いよな?」 マットはいよいよ声をあげて笑った。 「いないとは思うけど、いたとしたって嘘をついて彼を置いてきぼりにして、外国で浮気してる君に怒る筋合いはない。」 ジャレットがさらわれても悠然と構えていたくせに、搭乗時刻が近づくにつれジャッキーは明らかに落ち着かない様子を見せた。 そして搭乗口にて、「探偵もいいけど、あんまり家を不在にするのは破滅のもとだ。」というマットの助言を受けると、痛いところを突かれたような顔でうなだれるように頷き、「来週はビリーも一緒に来れるか聞いてみるつもりだ。」と言い残し、彼はこの国を去っていった。
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