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冷たい手
三か月後に結婚式を予定していた平岡良介と関結菜は、婚前旅行で東南アジアを訪れていた。
二月はちょうど雨期で、午後にはスコールも多いらしいが、まだ雨の気配はない。
寒かった日本と比べると温度差は二十度もあり、まとわりつく湿気と、うだるような暑さだった。
列車の窓から見える景色は都会から郊外、そしてのどかな田園地帯へと変わっていく。
車内は日本の列車とよく似ていた。
座席シートは両側に二つずつ並び、天井近くの荷物を置くスペースは、スーツケースが縦で置けるほどゆったりとしている。
「このシート、なんかグラグラする」
窓際に座っていた結菜が言った。
「席、交換しようか?」
「ううん、大丈夫。こっちのほうが景色もよく見えるし」
結菜は窓の外に目をやった。
飲み掛けのペットボトルに手を伸ばして、残りが少なかったのに気付く。
「さっきの車内販売でお水を買っておけばよかった」
「それじゃ、ちょっと行って買ってくるよ」
良介は通り過ぎていった販売カートを追い掛けた。
二つ先の車両で追い付き、言葉も通じない販売員に身振り手振りでペットボトルの水を求める。
と、その時、衝撃音とともに列車は激しく揺れ、強い振動が続いた。
通路の端まで吹っ飛ばされた良介に販売員とカート、天井の棚から落ちたスーツケースやらが次々と飛んでくる。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
車内には呻き声、すすり泣く声、怒号が入り混じっている。
「あの、すみません。エクスキューズミー?」
良介は自分に覆いかぶさっている販売員に、つたない英語で声を掛けた。
早くどいてもらいたかったが、返事はない。
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