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植松秀一から聞き取りを行うこととなった。
私を覚えているだろうか。
秀一の顔は高校時代の面影を残していた。
幼馴染の秀一に間違いない。
秀一は私が幼馴染だとは気づいていないようだ。
順子の交友関係を聞いたところ、秀一は次のように答えた。
「妻は友達に誘われてアマチュアバンドのライブをよく見に行っていました。
妻の友達がギタリストのファンで、それで一緒に見に行こうと誘われていたようです」
「奥さんもそのギタリストのファンだったんですか?」
「いいえ。妻はいわゆるイケメンを見に行くのが好きなんですが、このメンバーが好きというのはなかったと思います。妻の友達、啓子って言うんですけど、啓子がどうしてもギタリストと交際したかったようです。
そのバンドのボーカルが村井です。啓子がギタリスト、妻がボーカルとのダブルデートみたいな形にするために付き合わされていました」
「あなたという夫がありながら順子さんはダブルデートに応じていたのですか?」
「啓子の頼みで仕方なくという言い方をしていましたが、おもしろくなかったですね。ボーカル、ギタリスト、啓子、そしてうちの妻の4人で出かけることが何回もありました。妻は人数合わせだから大丈夫、二人きりで会ったりしないからとは言っていました。けれど、ボーカルの村井の方は妻に惚れ込んでしまったみたいで……」
「で、付きまとわれるようになったわけですか」
「妻は嫌がっていました。私も村井に注意しました。俺の妻だから手を出すなと。でも、村井に諦める様子はなく夫婦共々困っていました」
念のため、秀一のアリバイも聞いた。
「奥さんが殺された時、どこで何をしていましたか?」
「仕事帰りに街を歩いていました。音響機器を見るのが好きなので、そういう店を見ていました」
「お買い物やお食事などはされましたか?」
「いえ、何も買ってないです。ウインドウショッピングってやつです」
「わかりました。ご協力ありがとうございました」
警察手帳を閉じ、秀一の顔をじっと見る。
「秀一、俺だよ俺。分かるか?」
秀一は私の名札を見て声を上げた。
「浩介? 北高剣道部の浩介か?」
「そうだよ。秀一は変わらないな」
「浩介は刑事になったのか。こんな形で会うとは……」
「秀一は親父さんの工場、継がなかったのか?」
「……ああ」
秀一の顔が曇る。
しまった、この話題は触れてはいけなかった。
秀一の両親はレコード針の工場を経営していたが、経営が悪化しサラ金からの借金を抱えていた。
植松家には病院を経営している母方の伯父がおり、援助してくれていた。
しかし、いくら兄妹とはいえ、お互いに所帯を持っておりそれぞれの生活がある。
いくら秀一の伯父が医者であっても支援には限界があった。
金策に困った植松家は、手を出してはいけない相手からも金を借りるようになってしまう。
容赦ない取り立ての声は近所でも話題になっていた。
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