ひと儲け

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ひと儲け

 情報化社会とは縁遠い昔、とある場所に、村抜けした百姓がいた。  その者は農具を売り払い、それをわずかばかりの金子(きんす)に変えて、夜の賭場(とば)へと赴いた。  無一文寸前まで負けたが、そこでまさかの逆転勝ち。まさかまさか、二年程度は遊んで暮らせるだけの儲けを得たのだった。 だからこそ慎重になる。 この金子、誰か狙ってやしないか。 男は質屋で短刀を買い、なるべく目立たないように暮らしていた。    七日ほど経ったころ、男はここにいては危険かもしれないと思い始めた。  京へ行こう。この金子を元手に何か商いを始めよう。そうと決まれば明日出立(しゅったつ)だ。  その夜、男は酒場にいた。  すると一人の優男(やさおとこ)と意気投合し、かなり酒が入った。  腹にはさらしで巻きつけた大金がある。男は常にそこを触り、金子があることを確認していた。  だいぶ酒がまわり、店じまいとなったとき、優男はこんなことを言った。 「なあ、ひと儲けしねえかい。実はうまい話があるんだ」  話を聞いてみると、近くに有名な武将の墓があるという。  ここらあたりで知らぬ者のいないその墓は、天皇陵にも匹敵する大きさで、宝物がわんさかあるらしい。  どうせ明日はここを離れる身だ。  捕まることはあるまい。  男は墓荒らしに乗った。  夜闇に紛れ、二人は小高い丘に向かう。 途中、男は気になった。 その武将は何という名だろうか。  優男は、 「源 田吾作(みなもとのたごさく)公だ」  と言った。  随分と百姓らしい名だが、源氏というだけで格式高く思える。  世事に疎くても、源氏が有名なことくらいは知っている。  その田吾作公がどのくらいの武勲を立てたのか、それはここらの殿様だったのかと聞くと、優男は嬉しそうに話した。 「立身出世の神様みてえなお方さ。百姓から身を立てて剣の腕を磨き、武功が認められて殿様になったんだ。それはもう立派なお人さ。だからお宝もたんまりだ。おれらはその一部をいただくだけ。そいでも一生困らねえくらいの金になる」 男はその話に夢を見た。 べっぴんの嫁がもらえるかもしれない。 元手が多ければ商いの成功確率も上がる。 早々に隠居して楽に暮らせるだろう。    しばらく行くと、優男は丘の中腹にある洞穴の前で立ち止まった。  どうやらここが田吾作公の墓の入り口らしい。  期待で胸が高鳴る。  どんなお宝があるのだろうか。  勇み足で奥へ進むと、炎が焚かれていた。  数人の男が、こちらを睨んでくる。  そしてぎょっとした。  男たちは、賭場にいたヤクザ者だった。  すぐさま優男に振り返る。  彼は手に大きな棍棒を持って笑っていた。 「さてと、腹に巻きつけてある金子をいただこうか。なぁに、殺しやしねえ。ちょっとばかり痛い目を見るだけだ。それが嫌なら素直に金子を出しな」 騙したな! と叫ぶと、優男はまた笑った。 「なんでトーシロが賭場で勝てたか考えてみなよ。おめえさんはサクラに仕立てられたんだ。おれたちはわざと儲けさせてやった金を回収するだけ。いい思いしたろ? だから誰も損はしねえ。そういうからくりなんだよ、賭場ってのは」  男を取り囲むのは、ヤクザ者が五人。  短刀で戦っても勝てやしない。 痛い思いはしたくないし、何よりもっと心を占めたのは、一つの安堵だった。 男は素直に金子を差し出した。 そして、安らかそうな顔で言った。 「大金を持ち歩く怖さはすごかった。元手だけ返してください。なんにも抵抗しませんから」  実は七日間、恐怖に怯えていた。  この金を奪われて殺されるんじゃないかと。  ヤクザ者たちは金子を受け取ったが、ほんの少し色をつけて元手を返してくれた。 恐怖は金では消し去れない。 話し合いで穏便に済んだことが、男にとっての最高のひと儲けだった。 end.
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